現代資本主義の文化そのものが、
人間に慢性的なストレスを生み出し、
それが心身の健康に深く影響している
最大のストレス要因は「心理社会的ストレス」
ストレス研究を総括すると、人間に最も強い影響を与えるのは、
- 不確実性(uncertainty)
- 対立・葛藤(conflict)
- コントロールの喪失(lack of control)
- 情報不足(lack of information)
といった心理社会的要因であると述べています。
これらは
ストレス反応(HPA軸)を強く活性化し、健康問題につながります。
そして著者は、
資本主義社会は、こうしたストレス要因を非常に強力に生み出す社会システムである
と主張します。
「経済成長こそ最高の善である」という資本主義
歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの考え
現代の資本主義は単なる経済制度ではなく、
「人はどう生きるべきか」を教える文化・価値観そのもの
になっています。その中心的な考えは、
経済成長こそ最高の善である
というものです。
そして、この価値観は、
- 教育
- 科学
- 医療
- 子育て
- スポーツ
- 娯楽
- 政治
など社会のあらゆる領域に浸透していると著者は指摘します。
つまり、私たちは知らず知らずのうちに、
「成長」「競争」「生産性」
を最優先する文化の中で暮らしているのです。
「自己責任論」への批判
著者は自己責任の考え方を批判しています。
現代社会では、
健康問題も、失敗も、
本人の選択や努力不足の結果と考えされられがちです。
その例として、元イギリス首相
トニー・ブレアの発言が紹介されます。
ブレアは、
- 肥満
- 喫煙
- 飲酒
- 糖尿病
- 性感染症
などを、
「何百万もの個人の選択の結果」
と説明しました。
しかし著者は、この見方は非常に不十分だと反論します。
なぜなら、多くの研究は、こうした行動の背景には、
- トラウマ
- 慢性的ストレス
- 貧困
- 社会的不平等
- 雇用の不安定さ
- 地域コミュニティの崩壊
などが深く関係していることを示しているからです。
つまり、
「個人の選択」の背景には、社会構造が存在する
ということです。
医療も個人主義に偏っている
著者自身の経験によると
医学生時代、著者は
健康も病気も「個人の問題」として考える教育
を受けました。
しかし今では、その見方自体が、
資本主義的・個人主義的な世界観の影響を受けている
と考えるようになったと述べています。
「私たちの健康は、個人の選択だけで決まるものではない。社会や文化が生み出す慢性的なストレスが、心と身体、さらには細胞レベルにまで影響している。」
このページでは、現代社会が生み出す「慢性的な不確実性」が、人々の心身の健康にどのような影響を与えるかが具体例を交えて説明されています。
人間にとって最大のストレスは「喪失の予感」
まず、すべてのストレスには共通点があると述べます。
それは、
生きるために必要な何かを失う、
あるいは失うかもしれないという感覚
です。
例えば、
- 食料を失う不安
- 愛する人を失う不安
- 仕事を失う不安
- 尊厳や自己価値を失う不安
- 人生の意味を失う不安
などが、人間のストレス反応を引き起こします。
つまり、慢性的な「失うかもしれない」という状態そのものが、身体に負荷を与えるということです。
現代社会は「不確実性」を増やしている
著者は2020年、新型コロナウイルスの世界的流行直前の状況を例に挙げます。
当時すでに、
- 国際通貨基金(IMF)のトップが世界経済の不安定化を警告していたこと
- 多くの人が生活費や食料価格の上昇を心配していたこと
- カナダでも多くの家庭が食料不安を経験していたこと
を紹介し、コロナ以前から社会には大きな不安が広がっていたと指摘します。
経済的不安は心身に影響する
2017年には、
- 女性の52%が、自分の経済状況について「極度のストレス」を感じていた
というデータが示されています。
また、こうした傾向は世界各国で長年続いていると述べられています。
さらに著者は、
新自由主義(Neoliberalism)によって、
- 雇用が不安定になり、
- 働く環境のストレスが増え、
- 心身の病気が増加している
というイギリスの研究者の指摘を紹介します。
その結果、
- うつ病
- 不安
- 筋骨格系の痛み
- 心血管疾患
などが増えていると説明しています。
グローバル経済が生む慢性的ストレス
著者はさらに、
グローバル経済の中で、
- 社会保障の削減
- 労働者の権利の縮小
- 民営化
などが進み、
人々の生活は以前よりも
予測しにくく、不安定になっていると述べます。
このような社会では、
「常に何かを失うかもしれない」という感覚
が日常化し、それ自体が健康を損なうストレス源になるというのです。
ギリシャ経済危機の例
2013年の研究
金融危機の影響を受けたギリシャの若者と、
スウェーデンの若者を比較したところ、
ギリシャの若者は、
- ストレスが高い
- 将来への不安が強い
- うつや不安症状が多い
- コルチゾール(ストレスホルモン)の値にも長期的ストレスを示す変化が見られた
ことが報告されています。
にまで影響すると説明しています。
「仕事を失う恐怖」だけでも健康を害する
仕事を実際に失った人だけでなく、
「失うかもしれない」と感じている人
でも、
- 脳卒中
- 心筋梗塞
のリスクが大きく高まることが報告されています。
しかも、この影響は、
喫煙や飲酒、高血圧などを考慮してもなお認められました。
つまり、
現実に失業することだけでなく、
「失業への恐れ」そのものが身体にダメージを与えるのです。
- 現代社会では、経済的不安や雇用の不安定さが慢性的ストレスの大きな原因となっている。
- 豊かな国であっても、「安心して暮らせる」という感覚が失われていることが健康に影響する。
- この傾向はアメリカだけでなく、OECD諸国など世界各国に広がっている。
- 仕事を失う恐怖だけでも、脳卒中や心疾患のリスクを高めることが研究で示されている。
- 著者は、健康を理解するには、個人の生活習慣だけでなく、社会が生み出す「慢性的な不安定さ」そのものを見る必要があると主張しています。
「人間の身体は、実際の危険だけでなく、
『いつ危険が訪れるかわからない』という慢性的な不確実性にも反応する。」
現代社会が人々に与えている最大の負荷の一つは、
安心して未来を見通せない状態そのものであり、
その影響は心理面だけでなく、細胞レベルの健康にまで及ぶと論じています。
これは、社会や経済の状況が、
細胞レベルの生理学にまで影響を及ぼすことを示す例として紹介されています。
「不確実性やコントロールの喪失は、単なる気分の問題ではない。それは神経系・ホルモン・免疫系にまで影響し、社会のあり方が私たちの身体そのものを形づくっている。」
- ストレスの本質は、生きるために必要なものを失う、または失うかもしれないという感覚にある。
- 現代社会は、経済的不安や雇用の不安定さなどによって、慢性的な不確実性を生み出している。
- 新自由主義的な社会構造は、心身の病気の増加と関連している可能性がある。
- 経済危機や社会的不安は、心理面だけでなくホルモンや身体の生理機能にも影響を及ぼす。
- 著者は、社会環境は細胞レベルにまで影響するストレス要因であり、健康を考えるには個人だけでなく社会構造も視野に入れる必要があると主張しています。
参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition) Gabor Maté MD (著)
