「人間にとって最大の栄養は『つながり』である。
現代社会の深刻な問題は、そのつながりを日常的に失わせていることにある。」
人間に不可欠な3つの心理的ニーズ
- Belonging / Connectedness(所属・つながり)
- 誰かと結びつき、共同体の一員であるという感覚。
- Autonomy(自律性)
- 自分の人生を自分で選び、ある程度コントロールできるという感覚。
- Mastery / Competence(有能感・熟達感)
- 自分には能力があり、成長できるという感覚。
人間にとって本質的な「つながり(connection)」が失われた状態を、ブルース・アレクサンダーが「ディスロケーション(dislocation:切り離し・根こそぎにされること)」という概念で説明している
1. 健康な人間に必要なもの
人間が健全に生きるために欠かせない要素が整理されています。
著者は次のようなものを挙げています。
- 健全な自己肯定感
- 成果や評価ではなく、自分自身に根ざした価値感。
- 信頼(trust)
- 人や社会を信頼し、必要な支えが得られるという感覚。
- 目的・意味(purpose / meaning)
- 自分はより大きな世界や自然、人とのつながりの中で生きているという感覚。
「これらは今、自分の人生でどれくらい満たされているだろうか。
もし失われたら、心や身体には何が起きるだろうか。」
と問いかけています。
「ディスロケーション(Dislocation)」という概念
依存研究で知られるブルース・アレクサンダーは若い頃、
競争や自己利益を重視する価値観を当然のものとして受け入れていました。
しかし、薬物依存者の人々と長年関わる中で考えが変わります。
そして、
「社会のあり方そのものが、多くの人を苦しめている」
という結論に至ったと紹介されています。
アレクサンダーは、人間には基本的な欲求として
- 愛着(attachment)
- 所属(belonging)
- 自律性(autonomy)
- 有能感(achievement / competence)
が必要だと考えています。
健康な社会とは、これらが無理なく両立できる社会です。
一方、ディスロケーションとは、
自分自身や他者、人生の意味とのつながりが断たれた状態
を指します。
著者は、肩の脱臼(dislocated shoulder)を例に説明しています。
肩が脱臼すると、
- 腕はまだ身体についている。
- しかし、本来の働きができず、激しい痛みを伴う。
同じように、
人も社会とのつながりが外れてしまうと、
身体は存在していても、
本来の人間らしい機能を十分に発揮できなくなる
という比喩です。
社会全体の「ディスロケーション」
著者はさらに重要なことを述べます。
ディスロケーションは個人だけではありません。
社会全体が、人々を
- 自律性
- 人とのつながり
- 信頼
- 意味
から切り離してしまうことがあります。
これを
社会的ディスロケーション(social dislocation)
と呼びます。
著者は、この社会的ディスロケーションが、
個人のトラウマと重なることで、
- 精神的苦痛
- 絶望
- 依存症
- 身体疾患
などの大きな要因になると述べています。
さらに問題なのは、
この状態があまりにも当たり前になっているため、
「正常(normal)」だと思われてしまっていることです。
「人間が本当に苦しむのは、壊れたからではなく、本来つながっているべきものから切り離されてしまったときである。」
「ディスロケーション」は誰にでも起こる
現代社会における「疎外(alienation)」が、
人間の仕事・自己価値・生きる意味をどのように奪っているか。
著者はまず、
ディスロケーション(つながりの喪失)は、貧困層だけの問題ではない
と述べます。
確かに社会的・経済的に恵まれた人は、その影響をある程度和らげることができます。しかし、
- 人とのつながり
- 人生の目的
- 本当の自己肯定感
が失われれば、
どの階層の人も、その影響から完全に逃れることはできません。
また、
- 業績
- 地位
- 他者からの評価
だけでは、この根本的な欠如を埋めることはできないと指摘しています。
「仕事」から切り離されること
カール・マルクスの「疎外」の概念が紹介されています。
マルクスは、人間は仕事を通して
- 能力を発揮し、
- 創造性を表現し、
- 社会に貢献する意味を感じる
存在だと考えました。
しかし現代では、多くの人が
「自分の仕事を自分でコントロールできない」
状態に置かれています。
その結果、
- 働く意味を感じられない
- 自分の仕事とのつながりを失う
- 仕事そのものから疎外される
という現象が起きると述べています。
仕事への「エンゲージメント」の低さ
2013年のGallupの国際調査では、
- アメリカで仕事に積極的に取り組んでいる(engaged)人は約30%
- 世界142か国ではわずか13%
しかいませんでした。
つまり、
大多数の人は、自分の仕事に意味や目的を感じられていないということです。
自己価値が「成果」で決まる社会
現代社会では自己価値が、
- 成果
- 競争
- 所有
- 成功
によって測られるようになってしまっている。
そのため、
人は他者との比較の中でしか自分を評価できなくなり、
特に中間層の没落や経済的不安の広がりによって、
「自分には価値がないのではないか」
という感覚を抱きやすくなっています。
物質的成功だけでは、人間が本当に必要としている
「意味」や「目的」を満たすことはできない
と強調しています。
「人格」が勝っても、人間は満たされない
最後に著者は、
- 地位
- アイデンティティ
- 成功
を積み重ねても、
それは
「人間として生きること」そのものの代わりにはならない
と述べています。
どれほど成功しても、
- 他者との深いつながり
- 自分らしく生きる感覚
- 人生の意味
が失われれば、本当の幸福や健康にはつながらないというのです。
「人間を本当に満たすのは、成功や評価ではなく、
『意味のある仕事』『つながり』『自分らしく生きているという感覚』である。」
- ディスロケーション(つながりの喪失)は、社会階層を問わず起こり得る。
- 人間は本来、意味のある仕事や創造性を通して自己を実現する存在である。
- 現代社会では、多くの人が仕事とのつながりを失い、「働く意味」を感じられなくなっている。
- 成果や競争によって自己価値を測る文化は、自己価値の不安定さや疎外感を生みやすい。
- 物質的成功は、人間が本質的に求める「意味・目的・つながり」の代わりにはならない。
ということです。
ブルース・アレクサンダーの「ディスロケーション(つながりの喪失)」という概念をさらに発展させ、現代の仕事や自己価値観そのものが、人間の精神的健康にどのような影響を与えているかを説明しています。
このページでは、人間は本来「意味(meaning)」を必要とする存在であり、現代社会や企業はその欲求さえも商品化していること、そして共同体の喪失が「ディスロケーション(つながりの喪失)」をさらに深めていることが論じられています。
人は「意味」がないと健康を失う
競争や成果ばかりを求める現代社会では、多くの人が
「自分の人生には意味がないのではないか」
という感覚を抱きやすくなっています。
しかし、意味は贅沢品ではなく、人間にとって基本的な欲求です。
2020年の医学研究を引用し、
- 人生に意味や目的を感じている人ほど、心身の健康状態が良い
- 意味を感じることは幸福感だけでなく、身体的健康とも強く関係している
と述べています。さらに、
人は自分のことばかり考えるよりも、
他者とつながり、誰かのために行動するときに、
より深い充実感を得られる
と指摘しています。
「所属したい」という欲求まで商品化される
企業が人間の「所属したい」「何か大きなものの一部でありたい」という根源的欲求を利用していることが語られます。
作家・活動家のナオミ・クラインの分析
企業はもはや商品だけを売っているのではなく、
- アイデンティティ
- 意味
- 所属感
をブランドと結びつけて販売しているというのです。
例えば、
- Nike
- Lululemon
- The Body Shop
などは、単なる製品ではなく、
「このブランドの一員である」という帰属意識まで提供しています。
企業は、人間の「どこかに属したい」という切実な欲求を巧みに利用している
共同体を失った社会
産業構造の変化によって、かつて存在した
- 地域社会
- 労働者コミュニティ
- 仲間意識
が失われたことに触れます。
例えば、
- 大規模工場
- 労働組合
- 地域に根ざした職場
が減少し、
その代わりにサービス業や巨大物流倉庫などが増えたことで、
人々は「働く共同体」への所属感を失った
と著者は述べます。
- 人生の意味や目的は、心身の健康を支える重要な要素である。
- 他者とのつながりや貢献は、自分中心の生き方よりも深い充実感をもたらす。
- 現代企業は、「所属したい」「意味を持ちたい」という人間の根源的欲求までもマーケティングに利用している。
- 産業構造の変化によって、地域社会や職場共同体が弱まり、人々のディスロケーション(つながりの喪失)がさらに深まっている。
- 経済的な豊かさだけでは、人間が本当に必要とする意味・所属・共同体を満たすことはできない。
「人間が本当に求めているのは、物ではなく『意味』『所属』『つながり』である。しかし現代社会は、それらを失わせるだけでなく、商品として売り始めている。」
ということです。
孤独は寿命を縮める
孤独研究の第一人者である神経科学者
John Cacioppo と Stephanie Cacioppo の研究
彼らは医学誌で、
- 孤独な状態は人を
- イライラしやすくする
- 抑うつ的にする
- 自己中心的にしやすくする
だけでなく、
早期死亡のリスクを約26%高めると報告しています。
さらに、
- 工業化された国では約3人に1人が孤独を経験し、
- 約12人に1人は深刻な孤独状態にある
とされ、その割合は増え続けています。
重要なのは、
孤独は特定の人だけの問題ではなく、
「普通の人々」に広がる社会的な状態である
という点です。
孤独は身体にも深刻な影響を与える
慢性的な孤独が
- がんを含むさまざまな病気
- 早期死亡
のリスクを高めることを紹介します。
その健康への悪影響は、
1日15本の喫煙に匹敵する
とも報告されています。
さらに研究では、
孤独は
- DNA修復機能の低下
- テロメア(染色体末端)の短縮
- 炎症反応の増加
- ストレス反応の活性化
など、生物学的な変化を引き起こし、
心臓病や脳卒中による死亡リスクまで高めることが示されています。
孤独を生み出すのは社会の構造
孤独の背景には
「個人の選択」ではなく、社会構造がある
と述べます。
その例として、
大型チェーン店(例:Walmart)の進出を挙げています。
大型店舗が地域にできると、
- 地元の小さな商店が閉店する
- 地域で顔を合わせる機会が減る
- 商店街という共同体が失われる
結果として、
人々は
- 車で巨大店舗へ行き、
- 必要な物を買い、
- そのまま帰宅する
という生活になり、
地域での自然な交流が失われていくと説明しています。
さらに、オンラインショッピングの普及も、
「家から出る必要すらなくなる」
ことで、人と人との偶然の出会いや地域との結びつきを弱める要因として挙げています。
- 孤独は個人の性格ではなく、公衆衛生上の重大な問題である。
- 孤独は死亡率を約26%高め、喫煙に匹敵するほど健康へ悪影響を及ぼす。
- 孤独は心理面だけでなく、
- DNA修復
- テロメア
- 炎症
- 心血管疾患
など、細胞レベル・身体レベルにも影響する。
- 孤独の背景には、地域社会の衰退や大型チェーン店の拡大など、人との自然なつながりを失わせる社会構造がある。
「孤独は個人の問題ではない。
それは、つながりを失わせる現代社会が生み出した構造的な健康問題である。」
参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition) Gabor Maté MD (著)
