解離とは「身体から離れること」であり、
トラウマ回復には「安全な形で身体とのつながりを取り戻すこと」が必要である。
トラウマを経験した人は、
圧倒的な感覚から身を守るために、
身体感覚とのつながりを弱めることがあります。
つまり、
解離
です。
解離すると、
- 身体を感じにくい
- 感情を感じにくい
- 現実感が薄くなる
ことがあります。
これは生き延びるための適応反応でした。
しかしその代償として、身体とのつながりも失われやすくなります。
回復とは身体へ戻ること
著者は、
回復の過程では
再び身体とのつながりを取り戻していく必要があると言います。
ただし、これは簡単ではありません。
なぜなら、
身体感覚そのものが
トラウマ記憶と結びついている場合があるからです。
そのため、
単純に「身体を感じましょう」だけでは不十分で、
丁寧なガイドが必要になることがあります。
身体感覚は大切。
でも身体感覚だけが現実ではない。
40代内向的な女性ジーナのエピソード
セッション中、
彼女はしばしば
両手を組み、
親指をくるくる回しながら話していました。
ある時、
著者が
「今、何に気づいていますか?」
と尋ねます。
すると彼女は、
ゆっくり目を開けて
本棚の方を見ながら言います。
「よくわかりません」
「どこかへ行ってしまったみたいです」
著者は、その反応を異常とは扱いません。
むしろ、
「その感覚は知っています」
「どこへ行ったか分かりますか?」
と穏やかに尋ねます。
するとジーナは、天井を指さして
「上です」
と答えます。
つまり、
彼女は身体から離れ、
上方へ浮かんでいるような感覚を経験していました。
背景にあったトラウマ
4年前、
親密なパートナーとの性的な場面で、相手が境界線を越えてしまいました。
彼女は強い恐怖を感じ、身体が凍りついたそうです。
つまり典型的な
Freeze(不動化)
反応です。
そしてその後、解離しやすくなったことが示唆されています。
理性では安全を理解しているのに、
身体は危険信号を出し続けていたのです。
デイリトリートで起きたこと
回復したくて、ジーナは一日瞑想リトリートに参加します。
午後になると、
深い静けさと集中状態に入ります。
しかし、
歩行瞑想の時間になると、
身体が全く動きたがらないことに気づきます。
鐘が鳴っても、動く衝動が起きません。
つまり、軽いフリーズ状態に入っていました。
その日、
彼女は何時間もほとんど動かず、
周囲から見ると「よく集中できている」ように見えました
実際、教師からも「よく頑張りましたね」と褒められます。
しかし、本人は違和感を覚えていました。
後から起きたこと
帰宅後、
ジーナは
- 距離感がある
- 現実感が薄い
- ぼんやりする
- 文章がまとまらない
などの状態になります。
つまり、深い瞑想に見えていたものの一部が、実際には
解離やフリーズ
だった可能性がありました。
この気づきが、彼女を著者の元へ導くことになります。
夜になると理由もなく
- 心臓がドキドキする
- 胃が締まる
- 首の後ろがチリチリする
ことがありました。
これらは彼女にとって、
かつての性的侵害体験と結びついた感覚でした。
そのため、
一人で部屋にいても、
身体は「何か恐ろしいことが起きそう」と感じていました。
親密さも危険信号になる
新しい恋人ができても、身体が近づくと
- 汗をかく
- パニックになる
- 強い恐怖が出る
ことがありました。
そして彼女は混乱します。
この人は安全なの?
それとも危険なの?
理性では判断できても、身体は別の信号を送っている。
その結果、自分の感覚そのものを信頼できなくなっていきました。
身体は賢い。
ただし身体は、
現実の危険と、
想像の危険を区別しない。
Gloria Anzaldúa
なぜ苦しいのか
トラウマの苦しさは、単に怖い記憶があることではありません。
トラウマは頭の中だけの問題ではなく、
身体が危険を記憶し続ける現象でもある。
そして本来、私たちを導いてくれるはずの
内側のナビゲーションシステム(身体感覚)が混乱してしまうことです。
すると、
- 何が安全か
- 何が危険か
- 自分は何を感じているのか
が分からなくなります。
トラウマは身体感覚を狂わせるのではなく、
「身体感覚への信頼」を揺るがす。
外受容感覚と内受容感覚
外受容感覚:外界から来る情報
- 見る
- 聞く
- 触れる
- 匂う
など
内受容感覚:身体内部から来る情報
- 心拍
- 呼吸
- 胃の感覚
- 胸の圧迫感
など
腸(gut)の重要性
腸には数億個ものニューロンがあり、
だからこそ
- gut feeling
(直感) - gut instinct
(本能的感覚)
という表現があるのだと説明しています。
本来は統合されている内外の感覚
健康な状態では、
私たちは
外受容感覚:外界から来る情報
内受容感覚:身体内部から来る情報
この2つを統合しています。
例えば、
美しい夕日を見る
↓
胸が温かくなる
↓
立ち止まって眺める
あるいは、
友人が部屋に入ってくる
↓
胃が少しザワつく
↓
「何か話したいことがあるのかな」
と気づく
こんなふうに、外界と内界の情報を合わせて判断しています。
トラウマ後には、内受容感覚と外受容感覚の統合が崩れることがあります。
外側の現実では、
- 危険な人はいない
- 部屋は安全
- 脅威は見当たらない
つまり、外受容感覚は「安全」を示しています。
しかし、
内受容感覚は
- 胃の不快感
- 胸の圧迫感
- 身体の警戒
を発しています。
つまり
「危険だ」
というメッセージです。
どちらを信じる?
すると人は混乱します。
外側は安全そう。
でも身体は危険と言っている。
結果として、
身体の警報をそのまま現実と解釈してしまうことがあります。
トラウマサバイバーは内側の警報を
外側の現実だと誤認してしまうことがある
マインドフルネスで起きる問題
一般的な瞑想では、目を閉じ、
身体の内側へ注意を向けます。
すると、内受容感覚への比重が大きくなります。
もし身体の内側が常に「危険だ」という信号を発しているなら、
瞑想によってその信号がさらに強調されることがあります。
ジーナはまさにそれを経験していました。
Dual Awareness(二重の気づき)
これは、内側の感覚 と 外側の現実の両方を同時に保つこと。
例えば、
胃は怖がっている
と感じながら、同時に
でも、今この部屋は安全だ
も認識することです。
トラウマでは身体の警報が現実そのものに見えてしまう。
回復には「内側」と「外側」を同時に保つことが重要である。
外側の環境(外受容感覚)へも注意を向けてもらった時
ジーナは驚いてこう言います。
「これこそ私が瞑想でしていなかったことだ」
「私は内側の脅威ばかり見ていて、最終的に意識が飛んでしまっていた」
という気づきです。
つまり、
瞑想そのものが問題だったのではなく、
注意が
- 内側の脅威だけに固定されていたことが問題でした。
著者はここで、トラウマ回復の初期段階では、
内受容感覚(身体内部)と外受容感覚(環境)の両方を保つ練習が重要だと述べています。
解離(Dissociation)とは
圧倒的な感覚や感情から距離を取るための生存戦略
例えば、
身体や感情から切り離されることで、
耐え難いストレスを減らそうとする。
つまり、解離は病気というより、
まずは
適応反応
として理解されています。
解離はスペクトラム
解離は「ある・ない」ではありません。
連続体(スペクトラム)です。
軽い例としては、
- 授業中にぼーっとする
- 会議中に上の空になる
- 車を運転していて記憶が飛ぶ
これ、ほとんどの人が経験していることです。
強い解離
一方で、より強い解離では
- 心理的な麻痺
- 記憶の欠落(amnesia)
- 現実感の喪失
- 世界が現実でない感じ
などが起こります。
トラウマサバイバーがしばしば
「身体から抜け出した感じ」
を語ることに触れています。
離人感
これは「自分自身を外から眺めている感じ」です。
まるで映画を見ているように、
自分の人生が「他人事」に感じられる。
しかも、自分では止められない。
著者によると、
幼少期からの慢性的トラウマでは、
この傾向が強くなりやすいそうです。
解離の役割
著者はここで、解離を否定していません。
トラウマの最中には、
解離は役立つことがあります。
耐えられない恐怖や痛みから、
一時的に距離を取れるからです。
問題は、危険が終わった後も続くことです。
解離の反対は「統合」
統合とは、
- 思考
- 感情
- 身体感覚
- 記憶
がつながっている状態です。
一方、
解離では「そのつながりが切れてしまいます」。
例えば、
- 感情はあるが身体感覚がない
- 身体感覚はあるが意味が分からない
- 記憶はあるが感情がない
などです。
解離とは「身体・感情・記憶・現在とのつながりを切ることで生き延びようとする適応反応」である。
ジーナは、内側だけを見続けた結果、
気づきが深まったのではなく、
むしろ解離が強まっていました。
そこで著者が提案しているのは、
身体だけを見る
でも
環境だけを見る
でもなく、
内側と外側を同時に保つこと(Dual Awareness)
著者はジーナに、まず
「私はどんな時に解離するのか」
を観察してもらいました。
例えば、
- 胃の恐怖感
- 圧倒感
- 身体から離れる感覚
などです。
すると彼女は、
解離が起きる瞬間に少しずつ気づけるようになります。
さらに、解離した自分を責めるのではなく、
「逃げたくなるのも無理はない」と理解できるようになります。
解離は
「間違った反応」ではなく、
「苦しみに耐えるために生まれた反応」
だから、
無理に止めようとするのではなく、
まず理解し尊重することが大切だと述べています。
トラウマセンシティブ実践者の姿勢
著者は、解離している人に対して
「ちゃんと感じなさい」「そこに居続けなさい」
と強制するべきではないと言います。
むしろ、
解離がどんな役割を果たしているのかに興味を持ち、
一緒に理解していく姿勢が重要だとしています。
選択権の喪失
トラウマ体験の中心にはしばしば選択権の喪失があります。
例えば、
- 暴力
- 虐待
- 災害
- 事故
などでは、本人の意思とは関係なく出来事が起こります。
そのため、
多くのサバイバーは
- 無力感
- コントロール喪失感
を抱えています。
マインドフルネスでも同じ
だから著者は、
瞑想やワークの場でも選択権を尊重することが重要だと言います。
例えば、参加者には
- 目を閉じてもいい
- 開けていてもいい
- 途中で休んでもいい
- ワークをやめてもいい
ことを伝える。
つまり、
何も強制されないことを明確にする。
ジーナは当初、
瞑想には
「正しいやり方」があると思っていました。
だから、
目を閉じ、
足を組み、
呼吸に集中できない自分を責めていました。
しかし選択肢が与えられると、
少しずつ
自分に合ったやり方を選んでいい
と学び始めます。
著者はこれを
自分に応答する力の回復
と呼んでいます。
実践の中に動きを取り入れる
トラウマサバイバーにとって、
身体へ注意を向けることは、決して小さなことではありません。
なぜなら、
身体感覚そのものが、
過去のトラウマ体験を思い出させる場合があるからです。
そのため、
静止したまま身体を感じることが難しい人もいます。
そこで著者は、
動きを取り入れること
を提案します。
例えば、
- 歩行瞑想
- ストレッチ
- ゆっくりした身体運動
などです。
動きながらだと、
身体感覚と接触しつつも、
圧倒されにくい場合があります。
一部の人にとっては、
動きながらの方が、
身体感覚の中に居続けやすい
彼女は瞑想中に解離しそうになると、
手で脚を軽く押したり、
足裏を感じたりしていました。
また、
必要に応じて
- 外を歩く
- 座るのをやめる
- 注意を環境へ向ける
ことも許可していました。
動きは身体との再接続を助ける
サバイバーによっては
長時間じっと座るよりも、
歩行瞑想や軽い動きの方が
身体とのつながりを保ちやすいと説明しています。
動きながら感じる
内受容感覚 だけでなく 外受容感覚も同時に使う
例えば歩きながら、
- 肺の膨らみ
- 足の動き
を感じる。
同時に、
- 鳥の声
- 木々
- 光
も感じる。
つまり、身体と環境を同時に感じる。
Dual Awareness(二重の気づき)
解離のサインにきづく
① ぼんやりする
- 霧がかかったよう
- 身体とのつながりが薄い
② 自動化された動き
- 不自然に機械的な動き
- 非常に平坦な感情表現
③ 遠くへ行ってしまった感じ
本人が
「遠くにいる感じ」
「ここにいない感じ」
と報告する
④ 声が届かない
- 呼びかけが聞こえない
- 同じ質問を何度もする
⑤ 空間を見つめ続ける
- 瞬きが減る
- 反応がなくなる
- 虚空を見つめる
などです。
なぜ重要なのか
解離に気づかず瞑想を続けると、
本人は
「深く入った」
と思うことがあると指摘します。
しかし実際には、
気づきが深まったのではなく、
身体や現在から離れているだけの場合があります。
だから、
解離を「瞑想がうまくいっているサイン」と誤解しないことが重要
だと言っています。
静かに見えても、それが気づきとは限らない。
身体や現在とのつながりが保たれているかを確認することが大切である。
参考図書:Trauma-Sensitive Mindfulness: Practices for Safe and Transformative Healing (English Edition) David A. Treleaven (著)
日本語訳もでています>>トラウマセンシティブ・マインドフルネスー安全で変容的な癒しのために デイビッド・A・トレリーヴェン (著)
