トラウマとは“刺激と反応の間”を奪う
本来の人間には反応の柔軟性(response flexibility)がある
刺激 → ひと呼吸 → 選べる
- どう反応するか選択できる
- 状況に応じて変えられる
トラウマがあると
刺激 → 即反応(自動)
- キレる
- 落ちる
- 固まる
“選べない”状態になる
同じ出来事でも
- トラウマあり → 自動反応
- トラウマなし → 選べる
違いは「間(スペース)」があるか
トラウマ=“刺激と反応の間”を奪う
この“間”があると
刺激 → 一呼吸 → 選べる
自由・選択・主体性が生まれる
反応の柔軟性は「前頭前野」
でもトラウマが強いほど使えなくなる
→ 自動防御(サバイバルモード)に固定
- 反応がパターン化
- 同じことを繰り返す
- 抜けられない
「また、これやってる」状態
トラウマは「自分が悪い」という恥(shame)の感覚を生む
- 「私はダメな人間だ」
- 「全部自分のせい」
- 自己攻撃(セルフシャイミング)
- 「自分は根本的に欠けている」という感覚
- 「私は“足りない存在だ”」
トラウマを経験した人は
ほぼ確実に“恥ベースの自己認識”を持つ
トラウマ由来の“恥”は、
「自分は足りない」という信念をつくり、
その結果“世界そのもの”が歪んで見える
それによる
自己への思いやり(self-compassion)の喪失
- 自分に優しくできない
- 自分を責める
- 厳しくなる
恥は2つの形で出る
A:自己否定タイプ
- 自分はダメ
- 自分が悪い
B:逆方向(防御タイプ)
- 自分は特別
- 完璧主義
- 優越感
どっちも同じ根っこ(=恥からきている)
「自分は不十分」という信念が当たり前になっている
それが
- 競争
- 成功への執着
- 無理な努力
を生んでいる。
「どれだけやっても足りない、成功しても満たされない」
→ 病気や不調につながる
仏教の引用「すべては心がつくる」
内側の状態が、外の世界の見え方を決める
そのため、もし内側が
- 不安
- 恐れ
- 恥
なら、世界も危険・競争・脅威に見える
結果:競争に向かう、防御的になる、安心できない
反応=Insideの自動再生、自己否定=切断の結果
① トラウマ
↓
② 反応が自動化
↓
③ 選べない
↓
④ 同じパターンを繰り返す
↓
⑤ 自分を責める
↓
⑥ 恥になる
↓
⑦自己思いやり喪失
↓
⑧ 防御 or 自己否定
↓
⑨世界の見え方が歪む
↓
⑩現実がそれを強化
🍀 5秒ミニワーク
「いま、自動で反応してる?」
「これ、自分のせいにしてない?」
気づく=問うことで、 “間”が戻る
■ 重要な転換点
トラウマをどう捉えるかで未来が変わる
外的イベントとして見る → 内的プロセスとして見る
外的イベントとしてみる → 変化できない
内的プロセスとして見る → 回復の可能性が生まれる
agency(主体性)の回復
外的イベントとして見る → 内的プロセスとして見る → 自分に“できること”が戻る
- 気づく
- 選ぶ
- 変える
「された外的イベントの捉え方」から 主体性(agency)への変化
自己理解の重要性
自分を見つめない限り、無意識に支配されるが
気づけば選択できる(気づいた瞬間から変化は可能)
参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition) Gabor Maté MD (著)

