トラウマ研究の発展〜現代のトラウマ
ジャン=マルタン・シャルコーの弟子だった
- ピエール・ジャネ
- ジークムント・フロイト
が、トラウマ理解を大きく進めたことが語られています。
シャルコーと「ヒステリー」
ジャン=マルタン・シャルコーは、
ヒステリー症状を持つ女性たちを研究しました。
彼の功績は、
それまで「悪魔憑き」「道徳的欠陥」と考えられていた症状を、
神経学的・医学的現象として扱ったことでした。
しかしシャルコーは主に
症状そのものの観察
に関心があり、
患者の人生や体験にはあまり踏み込みませんでした。
弟子たちの転換
そこでジャネとフロイトは、
画期的な方向転換を行います。
彼らは、
患者を「観察する対象」ではなく、話を聞く相手
として扱い始めました。
ジャネとフロイトは別々に研究していましたが、同じ結論にたどり着きます。
それは、
ヒステリー症状の背景には、
実際のトラウマ体験がある
患者たちは、
- 性的暴行
- 近親姦
- 搾取
- 虐待
などを経験していました。
彼女たちは
- 嘘つきではない
- 狂っているわけでもない
と彼らは理解し始めます。
解離(Dissociation)の発見
ジャネとフロイトはさらに、
患者たちの中に
意識の分裂
を発見します。
トラウマ体験が起きると、
- 記憶
- 感情
- 身体感覚
が統合されず、切り離されて保存される。
そして後になって、突然侵入してくる。
ジャネはこれを
Dissociation(解離)
と呼びました。
トラウマ体験を統合できないため、
新しい経験と結びつかなくなる状態です。
イヴォンヌとのつながり
著者は、
イヴォンヌが隣人が去った後も
- 悪夢
- パニック発作
を経験していた理由を、
この「解離と未統合」の考え方で説明しています。
出来事は終わっている。
しかし、経験の一部が統合されず、
現在に侵入し続けているのです。
現代のトラウマ理解を大きく変えた第三の流れ
「1970年代の女性解放運動」
この運動によって、
それまで個人的な問題とされていた経験が、
実は非常に広く存在することが見えてきます。
特に重要だったのは、
最も一般的なトラウマ体験は、
男性の戦争体験ではなく、女性への性的暴力だった
という事実が明らかになったことです。
これは当時の社会に大きな衝撃を与えました。
「個人的なことは政治的である」
女性運動の有名なスローガンとして、
The Personal Is Political
(個人的なことは政治的である)
これは、
家庭内で起きていることも、
単なる個人の問題ではなく、
社会構造と関係している
という考え方です。例えば、
- DV
- 性暴力
- 性差別
を「家庭の問題」として片付けるのではなく、
社会的問題として扱おうとしたのです。
トラウマ研究が発展した背景には、
「語られなかった苦しみを社会に見えるようにした運動」があった。
トラウマ理解が進んだ理由が「新しい理論が生まれたから」ではなく、
「人々が体験を語り始めたから」
女性たちは沈黙を破った
ベトナム帰還兵たちの「語り合いグループ(consciousness-raising groups)」と同様に、
フェミニストたちも
- 性暴力
- DV
- 性差別
の体験を共有する場を作ったことが説明されています。
重要なのは、
これらの場の目的が
単なる個人の癒しではなかったことです。
女性たちは、
「私だけの問題だと思っていたことが、実は社会全体で起きている」
ことに気づいていきました。
その結果、
1975年には
National Institute of Mental Health
が女性運動の要請を受け、レイプの影響を研究するセンターを設立します。
研究で明らかになったこと
1980年代の研究では、
性的暴力が決して
「稀なものではない」ことが示されました。
著者が紹介している数字では、
- 女性の4人に1人が生涯でレイプ被害を経験
- 女性の3人に1人が児童期に性的虐待を経験
していたという報告があります。(当時の研究データ)
PTSDとの共通性
研究者たちはさらに、
レイプ被害者が示す症状が、
戦争帰還兵のPTSD症状と非常によく似ていることを発見します。
例えば、
- 悪夢
- フラッシュバック
- 解離
- 麻痺感
- 侵入思考
- 強い情動苦痛
などです。
トラウマ理解の転換
この発見によって、
トラウマ研究は
「戦争によるもの」
から、「性的暴力や家庭内暴力にも共通するもの」
へと広がっていきました。
第三波フェミニズム
1990年代以降の第三波フェミニズムは、
インターセクショナリティ(intersectionality)
の視点です。つまり、人は
- 人種
- 性別
- 階級
- 性的指向
など複数の要因によって影響を受ける、
という考え方です。
「現代ではどのようなトラウマが見え始めているのか」
現代のトラウマ研究は
- 個人
- 家族
だけではなく、
- 社会
- 文化
- 経済システム
まで視野を広げるようになったと述べています。
重要なのは、
誰の経験が「重要な苦しみ」と認められるのか
という問いです。
著者は読者に、
- どの苦しみが無視されているのか
- 誰の声が聞かれていないのか
- 誰が「弱い」「大げさだ」と扱われているのか
を考えてほしいと促しています。
Black Lives Matter の登場
Black Lives Matterは2013年に始まり
黒人コミュニティが経験している
- 人種差別
- 警察暴力
- 構造的抑圧
に社会の注意を向けました。
著者は、このBLM運動が単なる政治運動ではなく、
トラウマ研究の発展にも重要な意味を持ったと言います。
人種差別とトラウマ
著者が引用している研究では、
人種差別の経験が
- 不安障害
- PTSD様症状
- 慢性的ストレス
と関係していることが示されています。
特に重要な視点
著者は、
トラウマは単発の出来事だけではなく、
人種差別のような
慢性的・累積的な体験
からも生じうると述べています。
奴隷制の影響が世代を超えて黒人コミュニティに残っている可能性を論じています。
研究では、
人種差別体験が
- 不安
- PTSD症状
- 心理的苦痛
を高めることが示されています。
著者は、特に白人読者に向けて、
私たちは今でも
「人種差別はトラウマにならない」
という文化的前提の中で育っている
と指摘しています。
なぜマーガレットはイヴォンヌを理解できなかったのか
白人であるマーガレットは善意の人でした。
しかし、
黒人のイヴォンヌの苦しみを
- 人種差別
- 社会構造
- 歴史的背景
と結びつけて考えることができませんでした。
「カラーブラインド」の限界
マーガレットは自分自身のことを
「人種を区別しない人」(color-blind)
だと考えていました。
しかし著者は、
その姿勢がかえって問題になることがあると言います。
なぜなら、
「人種は見ない」
ということは、
「人種差別も見ない」
ことにつながる場合があるからです。
社会的文脈の欠落
マーガレットは訓練の中で、
トラウマを
- 事故
- 暴力
- 災害
のような個人的出来事として学んできました。
そのため、
人種差別が長期的に人の心理や身体へ与える影響を十分理解していませんでした。
トラウマセンシティブ実践者への問い
著者はここで重要な問いを投げかけます。
私たちはどのようにして
「何がトラウマか」
を学んできたのだろう?
そして、
私たちの理解は
- 教育
- 本
- コミュニティ
- 文化
によって形作られていると言います。
マインドフルネスが深い気づきの実践であるなら、
「社会条件への気づき」もまた深い実践である。
自分の内側だけを見るのではなく、
自分がどんな文化や価値観の中で育ったのかを見つめることも重要だということです。
トラウマと向き合うと選択を迫られる
事故や自然災害の場合は、比較的共感しやすい。
しかし、
差別や抑圧のようなテーマになると事情が変わります。
そこには、
- 被害者
- 加害者
- 権力
- 不平等
が存在するからです。
「中立」は存在しない
著者はかなり強い主張をしています。
トラウマに関するこうした状況では、中立という立場は存在しない。
「不正の状況で中立でいるなら、あなたは抑圧者の側を選んだことになる。」
著者は自分自身について語ります。
彼は、
- 人を喜ばせようとする傾向
- 対立を避ける傾向
がありました。そのため、
差別や不正を見ても、距離を取ってしまうことがあった
白人男性として育ったため、
抑圧に気づきにくい条件もあった
と言います。
トラウマセンシティブであるとは、
個人の神経系だけでなく、
その人を取り巻く社会的現実にも目を向けることである。
トラウマとは個人の出来事だけではなく、
差別や抑圧のような社会的経験によっても生じうる。
「誰の苦しみが社会に認識されるのか」というテーマ
- ヒステリー患者
- ベトナム帰還兵
- 性暴力サバイバー
- 人種差別を受ける人々
に共通しているのは、
最初は苦しみが見えないものとして扱われていたことです。
著者は歴史を振り返りながら、
トラウマ理解は医学の進歩だけでなく、
「声を上げる人々」と「それを聞く社会」によって広がってきた
ことを伝えようとしているようです。
参考図書:Trauma-Sensitive Mindfulness: Practices for Safe and Transformative Healing (English Edition) David A. Treleaven (著)
日本語訳もでています>>トラウマセンシティブ・マインドフルネスー安全で変容的な癒しのために デイビッド・A・トレリーヴェン (著)
