非二元とは、
世界が一つになった状態ではなく、
最初から分かれていたと思っていた前提が、
静かに不要になっている状態である。
わたしは非二元エッセイというYouTubeチャンネルであったり、非二元というテーマに関する書籍も出させていただいています。
わたし自身、生まれた時から 生きづらさ をかんじていて、この苦しみをどーにかしたくて心理・スピリチュアル・哲学など「その答え」となるようなものを探し求めていた ないない探求者 でした。
そして、そこで最後に出会ったのが非二元でした。
結局、‘わたし’という苦しみは「非二元でしか癒されなかった」とおもっています
非二元性は、二元性を否定した世界、二元性の対極ではなく
二元性を包含した上で「その限界が見抜かれている状態」
という表現がとてもしっくりきます
瞑想をしているときも瞑想していないときも「そう」だし、
マインドフルネスなときもレスなときも「そう」だし、
悟っていても悟っていなくても、そう。
一見このような救いのないメッセージが救いにもなり、そして「そんなんじゃ救われないよ!」という人にはまったく意味のないメッセージ……そこも非二元のメッセージの面白さかもしれません。
いまでも、これが根本的な解決(癒し)だという想いは変わりません。
そのような非二元という大前提の中で……悟ったっていいし、お金持ちを目指してみたっていいし……人生という人間としての楽しみ(コンテンツ)を楽しんだらいいんじゃいかとおもいます。
だって、どーしてたって……
どちらにしたって“これ/そう”なんですから。
ソレとコレはなんの矛盾もなく「ひとつ」です。
よかったら、そんなことを書いている書籍を出していますのでご興味あればご一読ください。わたし自身が難しい本が苦手なので、とてもシンプルなことしか書いてないのですが、難しい人には難しく、響く人には響くという不思議な本です。

いまは絶版となってしまって中古本しかでていないのですが、願わくばKindle化したほしい本NO1です。悟り探求中はこの古閑 博丈 さんの翻訳本が好きで読んでいました。
必要な方へ届きますように。


