「精神疾患」という分類は人間が作った概念

book

著者はまず、精神科医の仕事が難しい理由として、

精神疾患には、がんや関節リウマチのような
客観的な検査指標(バイオマーカー)が存在しないことを指摘します。

つまり現在の精神医学では、

  • 血液検査
  • 生検
  • レントゲン
  • CTやMRI

などによって精神疾患を診断することはできません。

診断は、

  • 本人が語る体験
  • 行動
  • 睡眠や食欲などの変化

をもとに行われています。

「精神疾患」という分類は人間が作った概念

著者はさらに、

精神疾患は「発見されたもの」ではなく、
「理解するために人間が作った概念(construct)」である

と述べます。

この分類は役立つ面もありますが、
絶対的な真実ではなく、
その時代や文化の価値観を反映しています。

例えば、

  • ある文化では預言者や霊的体験とみなされるものが、
  • 現代の西洋社会では精神病と診断されることもある

という例を挙げています。

つまり、

「正常」「異常」の境界も、文化によって変わり得るということです。

「精神疾患=脳の病気」という考えはどこから来たのか

後半では、

現代の精神医学がなぜ「生物学中心」になったのかを振り返ります。

1990年代以降、

「ゲノム解析が進めば、精神疾患の原因遺伝子やバイオマーカーが見つかる」

という大きな期待がありました。

精神医学も、

分子遺伝学のような精密科学になれる

と考えられていたのです。

しかし著者は、

約40年が経過した現在でも、

その期待は実現していない

と指摘します。

DSM-5への言及

著者は、2013年に刊行された**DSM-5(精神疾患の診断基準)**についても触れます。

刊行当時、編集責任者のデイビッド・カプファーは、

「将来は、生物学的・遺伝学的マーカーによって、
信頼性の高い診断ができるようになることを期待している」

と述べていました。

しかし著者は、

その約束は1970年代から繰り返されてきたにもかかわらず、いまだに実現していない

と述べ、

「私たちは何十年も『もうすぐバイオマーカーが見つかる』と言われ続けてきた。しかし、いまだに見つかっていない。」

と締めくくっています。

「精神疾患を脳だけの問題として捉える地図は、不完全である」

  • 精神疾患には、現時点で診断を裏づける客観的な生物学的マーカーは存在しない
  • 精神疾患の診断分類は、自然界にそのまま存在するものではなく、人間が理解のために作った枠組みである。
  • 「正常」「異常」の境界は、文化や時代によって変化する。
  • 精神医学は長年、遺伝子やバイオマーカーによる診断を目指してきたが、その期待は現在も十分には実現していない

このページでは、「診断名は説明ではない」という著者の批判がさらに詳しく展開されています。

「診断は説明ではない」

ジャーナリストのロバート・ウィテカーへのインタビューが紹介されます。

ウィテカーはかつて、

「精神疾患は脳内の化学物質の不均衡(chemical imbalance)によって起こる」

という説を信じていました。

しかし、うつ病について取材を進める中で、

  • 「うつ病はセロトニン不足によるもの」
  • 「統合失調症はドーパミン異常によるもの」

という一般によく知られた説明について、
その科学的根拠を探しても決定的な証拠が見つからなかったと語ります。

研究論文を読み込むと、こうした説明は科学的事実というより
「比喩(metaphor)」として使われていることに気づいたと述べています。

著者は続けて、非常に重要な主張をします。

ADHD、うつ病、双極性障害などの診断名は、それ自体では何も説明していない。

診断とは、

  • 観察された症状をまとめたラベル
  • 医療者同士が共通理解を持つための専門用語

に過ぎません。

本人にとっては、自分の苦しみに名前が付くことで安心できることもありますが、

診断名そのものが「なぜその症状が起きたのか」を説明しているわけではない

と著者は強調します。

身体疾患との違い

著者は、英国の心理学者ルーシー・ジョンストンの例えを引用します。

身体疾患なら、

  • 血液検査
  • 酵素検査

などで病気を確認できます。

しかし精神医学では、

「なぜこの人は双極性障害だと分かるのか?」

という問いに対して、

「気分の波があるから。」

となり、

「なぜ気分の波があるのか?」

という問いには、

「双極性障害だから。」

と答えることになってしまいます。

これは循環論法(同じことを言い換えているだけ)であり、
診断が原因の説明になっていないことを示しています。

著者はこれを「くまのプーさんとピグレットが自分たちの足跡を追いかけ続けるエピソード」になぞらえています。

子どもの診断への疑問

さらに著者は、ADHDなど子どもの診断についても触れます。

もちろん、子どもの困難をすべて親や教師の責任にするつもりはないと前置きしつつ、

近年の急増を考えると、

  • 過剰な学校環境のストレス
  • 社会の変化
  • 製薬会社の影響

などを無視できないと述べます。

そして、子どもの落ち着きのなさや集中困難には、

  • 不安
  • 家庭環境
  • ストレス
  • 発達環境

など、診断名だけでは見えてこない多くの背景要因があると指摘します。

「診断名は地図ではあっても、原因そのものではない。」

  • 「脳内化学物質の不均衡」という説明には、決定的な科学的証拠はない。
  • 診断名は症状をまとめたラベルであり、原因の説明ではない。
  • 精神医学では、診断が循環論法になりやすいという問題がある。
  • 本当に理解すべきなのは診断名ではなく、その人の症状を生み出した人生経験や環境、ストレスやトラウマである。

著者は、症状に名前を付けるだけで満足するのではなく、「その症状は何に適応しているのか」「どんな経験から生まれたのか」まで視野を広げる必要があると訴えています。

参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition)  Gabor Maté MD  (著)