ダレル・ハモンドの体験
著者は、コメディアンのダレル・ハモンドの人生を紹介します。
19歳の大学生だった彼は、突然、強烈な精神的苦痛に襲われます。
彼はその体験を、
- 「言葉にできない恐怖」
- 「どうやって生き延びたのか分からないほどの苦しみ」
と振り返っています。
その後、医療機関では、
- うつ病
- 妄想
- 精神病
- 双極性障害
- 複雑性PTSD
など、長年にわたりさまざまな診断を受け、多くの薬が処方されました。
しかし、症状は根本的には改善しませんでした。
当時の医療では、
「脳の病気だから薬で治療する」
という考え方が前提となっており、彼もその枠組みの中で治療を受け続けていたのです。
転機となった精神科医との出会い
35年間苦しんだ後、ハモンドは精神科医 ナビル・コトビ と出会います。
この医師は、従来とはまったく違うことを彼に伝えました。
「あなたには精神疾患があるのではありません。あなたは傷ついているのです。」
この一言が、ハモンドにとって人生を変える転機となります。
彼は、
「まるで『ハレルヤ』の瞬間だった」
と語っています。
さらに医師は、
- 精神疾患は突然理由もなく現れるものではない。
- その人には必ず人生の物語がある。
- そして、その物語の中に症状を理解する鍵がある。
と説明します。
ハモンドは、この医師に出会うまで、
誰一人として自分の幼少期やトラウマについて尋ねた医師はいなかった
と振り返っています。
「What’s wrong with you?(あなたの何が悪いのか)」ではなく、「What happened to you?(あなたに何が起きたのか)」
- 本章は、「精神疾患=脳の病気」という一般的な考え方を再検討することから始まる。
- ダレル・ハモンドは長年、多くの診断名と薬物治療を受けたが、根本的な回復には至らなかった。
- 転機となったのは、「あなたは病気なのではなく、傷ついている」という視点だった。
- 診断名よりも、「その人に何が起きたのか」という人生の物語を理解することが重要である。
「精神疾患は遺伝や脳だけでは説明できない」
著者はまず、コメディアンのダレル・ハモンドの例を振り返り、彼の苦しみの背景には幼少期からの虐待があったことを改めて確認します。
そのうえで、「精神疾患は脳の病気であり、遺伝子が原因である」という精神医学の主流の考え方に疑問を投げかけます。
双極性障害を例にした批判
著者は、精神科医で双極性障害の当事者でもある
Kay Redfield Jamisonの著書『An Unquiet Mind』を取り上げます。
この本は、躁状態とうつ状態を行き来する体験を理解するうえで非常に優れた回想録であると高く評価しています。
しかし一方で、ジャミソンが
「私の躁状態は、神が遺伝子にプログラムした神経伝達物質の魔女の酒によるものだった」
という趣旨の説明をしている点には異議を唱えます。
著者は、
「実際には、遺伝子だけが原因であるという強い科学的証拠は存在しない」
と述べます。
さらに、ジャミソン自身も後年の著書『Touched with Fire』では、双極性障害の遺伝的基盤について「ほぼ議論の余地がない」と書いていますが、
著者は、
- 家族研究
- 養子研究
- 双生児研究
などは方法論的な限界が多く、「遺伝が決定的である」と結論づけるには不十分だと指摘しています。
「精神疾患」という言葉そのものへの疑問
「mental illness(精神疾患)」という言葉自体にも問題があると論じます。
この言葉は、
あたかも原因が脳の中だけに存在するかのような印象
を与えてしまいます。
その結果、
- 人生経験
- トラウマ
- 愛着
- 社会環境
- 感情の発達
といった重要な要素が見えなくなってしまうのです。
著者は、このような**生物学的決定論(biological determinism)**には二つの害があると述べます。
- 患者が不適切な治療だけを受けることになりやすい。
- 本人が「自分には力がない」「薬に頼るしかない」と感じやすくなる。
精神医学への批判
最後に著者は、
現代精神医学は、
人生経験と深く結びついた複雑な現象に、
単純な「病気」というラベルを貼ってしまう
という点で問題があると述べます。
また、医師の教育では、
患者の人生や感情の歴史を丁寧に理解する訓練が十分ではなく、
そのため「脳の病気」というシンプルな説明に頼りがちだと指摘しています。
「症状は単なる脳の故障ではなく、その人の人生への適応として理解すべきである」
- 双極性障害などの精神疾患を、遺伝だけで説明する科学的根拠は決定的ではない。
- 「精神疾患」という言葉は、脳だけに原因があるような誤解を招きやすい。
- 人生経験、トラウマ、愛着、感情の発達を切り離して理解することはできない。
- 生物学的決定論は、治療の選択肢を狭め、本人の回復する力への希望も弱めてしまう。
参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition) Gabor Maté MD (著)
