精神的苦痛を「外から侵入した病気」と見ない
著者は、
精神的な苦しみを、外から突然入り込んできた「病気」と考えるのではなく、
「その人の人生が何を表現しようとしているのか」
という視点で見るようになったと述べます。
この考え方は、本書を通して繰り返されてきた
「何が悪いのか(What’s wrong with you?)」ではなく、「何が起きたのか(What happened to you?)」
という姿勢の延長にあります。
うつ病という「抑え込む」という反応
著者はまず、もっとも身近な例としてうつ病を取り上げます。
英語の depress は本来、
「押し下げる」「沈める」
という意味です。
そこで著者は、ビーチボールを水中に押さえつける例えを用います。
- ボールを水中に押さえ続けるには、大きな力が必要です。
- 手を離せば、ボールは自然に水面へ浮かび上がります。
同じように、
うつ病とは、生命力や感情が「押し下げられている状態」と考えることができると説明します。
感情を抑えることは、生き延びるための適応だった
うつ状態では、
- 喜び
- 活力
- 生き生きとした感情
が失われ、
代わりに
- 重苦しさ
- 空虚さ
- 鈍さ
だけが残ることがあると述べます。
しかし、この状態を単なる病気と考えると、
本来は耐え難い感情から自分を守るために、
感情を切り離した「適応反応」だった
という可能性を見落としてしまいます。
つまり、
感情を感じないこと自体が、
かつては生き延びるために必要だった戦略だったかもしれない
という視点です。
著者自身の体験
著者自身のうつの背景について語り始めます。
幼い頃の家族写真を見返すと、
笑顔はほとんどなく、
戦争や大量虐殺を経験した母親の
- 悲しみ
- 恐怖
- 緊張
を、自分も幼い頃から無意識に映し取っていたのではないか、と振り返ります。
つまり、自身のうつ病もまた、
人生の歴史、とくに幼少期の体験と切り離して理解することはできないと考えているのです。
感情を抑えることの代償
著者はさらに、子どもは都合よく「悲しみだけ」を消すことはできないと説明します。
もし悲しみや怒りを抑え込めば、
- 喜び
- 好奇心
- 活力
- 自発性
といった健全な感情までも一緒に鈍くなってしまいます。
その結果、
一時的には身を守るために役立った適応が、
大人になってから慢性的な無気力や抑うつとして現れることがあるのです。
ヤーク・パンクセップの見解
神経科学者 Jaak Panksepp の考え
パンクセップは、「うつ病は脳内化学物質の異常」という説明に批判的でした。
彼は、
うつは、生物が深い苦痛や喪失に直面したときの、生理学的な「シャットダウン機構」である
と考えていました。
つまり、
- 危険な状況で活動を止める
- エネルギーを節約する
- さらなる傷つきを避ける
という、防御的な反応として理解できるということです。
神経伝達物質の変化は確かに存在しますが、
それは原因ではなく、人生経験やストレスを反映した結果である
というのがパンクセップの立場です。
著者は、この考え方によって、自分自身の精神的な苦しみの見方が大きく変わったと語ります。
自分の問題は「原因不明の病気」ではなく、
家族の歴史や幼少期の環境の中で意味をもって生まれた反応だったのです。
そして、この理解は自分だけでなく、多くの患者にも当てはまると述べます。
著者は、これまで診てきた
- うつ病
- 統合失調症
- ADHD
- 摂食障害
- 自傷行為
なども、
「意味のない病気」ではなく、
その人の人生の中で意味をもった
適応反応として理解できると考えるようになったと締めくくっています。
「精神症状は壊れた脳の産物ではなく、耐え難い人生経験に対して心と脳が編み出した、生き延びるための適応である。」
- 子どもは悲しみだけを抑えることはできず、喜びや活力も一緒に抑え込まれてしまうことがある。
- うつ病は、**深い喪失や苦痛から身を守るための「シャットダウン(防御)」**として理解できる。
- 神経伝達物質の変化は、原因ではなく人生経験を反映した結果である可能性がある。
- うつ病だけでなく、ADHD、統合失調症、摂食障害、自傷なども、その人の人生における意味をもった適応反応として理解することが重要である。
と述べています。
幼少期に実際に体験した現実を、その後も心が表現し続けていたもの
レスリーという40歳の女性セラピストの例が紹介されます。
彼女は17歳から30代半ばまで、
- 十数回に及ぶ自殺企図
- 慢性的な不眠
- 激しい泣き発作
- 人間関係を維持できない苦しみ
に悩まされていました。
医療では、
- 慢性うつ病
- 境界性パーソナリティ障害
- 気分変調症
- パニック障害
- ADHD
- 一時は双極性障害
など、多くの診断名が付けられました。
さらに、
- 抗うつ薬
- 抗精神病薬
- ベンゾジアゼピン系薬
- 抗炎症薬
など、複数の薬を同時に服用していました。
しかし現在の彼女は、すべての精神科薬を卒業しています。
回復の鍵となったのは、
「自分には価値がない」という信念が、
生き延びるために身につけた自己防衛だったと理解できたことでした。
著者は、レスリーには世界を理解するための「二つのストーリー」があったと説明します。
- 「周囲の人は危険で信用できない」という物語
- 「悪いのは自分だ」という物語
どちらも、幼少期の体験に照らすと意味のある適応だったのです。
「精神症状は支離滅裂なのではなく、その人の人生を知れば驚くほど首尾一貫している。」
- 精神症状だけを見ると「異常」に見えるものでも、人生の歴史を知ると一貫した意味を持つことが多い。
- 診断名は症状を分類するが、その人の苦しみの背景までは説明しない。
- 「自分には価値がない」「人は信用できない」といった信念は、幼少期の環境に適応するために形成された生存戦略である場合がある。
- 回復とは、症状を消すことだけでなく、その症状や信念がなぜ必要だったのかを理解し、新しい意味づけを得ることでもある。
著者は、レスリーが長年抱えてきた慢性的なパニック状態について、単なる「脳の病気」としてではなく、幼少期の環境への適応として説明します。
幼い子どもにとって、家庭が常に不安や危険に満ちていると、
- 神経系は常に警戒状態になる
- どんな小さな刺激にも過敏に反応する
- 安全な状況でも危険を感じやすくなる
という反応を身につけます。
これは当時は生き延びるために必要だった適応でした。しかし、その反応が大人になっても続くことで、慢性的な不安やパニックとして現れるのです。
自傷行為も「調整」のための行動
レスリーは、
「私は深い心の痛みを感じないように、自分を守ろうとしていた。」
と振り返ります。
幼い頃、母親からベルトで叩かれていた経験があり、自分で身体を傷つけることには
「気持ちを落ち着かせる(calm me down)」
「神経が調整される(less dysregulated)」
という働きがあったと語っています。
著者は、これは驚くべきことではなく、多くの一見「混乱した」行動の背景には、
神経系を一時的に落ち着かせようとする試みがあると説明します。
自傷行為は「死にたい」からではない場合がある
自傷行為が増加している現状に触れます。
著者は、自傷をすぐに「自殺願望」と結びつけるのではなく、
「圧倒的な内面の苦しみを、何とか扱えるものに変えようとする行為」
として理解する必要があると述べます。
コメディアンのダレル・ハモンドは、自傷について次のように表現しています。
「頭の中にある恐怖よりも、腕の傷のほうが対処しやすい危機だった。」
また、先住民作家テレン・クヌット(Terrence Knott)も、
自傷した瞬間だけは、
- 自分への激しい自己嫌悪から解放され、
- 感情の渦に「出口」ができたように感じた
と語っています。
つまり、自傷は「死にたいから」ではなく、
「生き延びるため」**に行われている場合があるのです。
「純粋な狂気に見える行動も、別の視点から見れば意味を持ち、その始まりには必ず意味があった。」
- 慢性的な不安やパニックは、幼少期の危険な環境への適応反応として理解できる。
- 自傷行為は、神経系を一時的に落ち着かせるための自己調整として機能している場合がある。
- 多くの自傷は、自殺目的ではなく、耐え難い心の苦しみを扱える形に変えようとする試みである。
- 一見「理解不能」「狂気」に見える行動も、その始まりには生き延びるための意味があった。
そして、回復とは、その行動を責めたり消そうとすることではなく、
「なぜその行動が必要だったのか」を、
大人の視点と慈しみをもって理解し直すことだと著者は伝えています。
参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition) Gabor Maté MD (著)
