つながるために、自分を合わせる──自閉スペクトラム症(ASD)の社会的カモフラージュ

癒し

「特性を隠す」という行動そのものより、
なぜそれをする必要があるのか、
そのとき内側では何が起きているのか。

社会的カモフラージュには、大きく Masking(特性を見せない)/Compensation(社会的な困難を別の方法で補う)/Assimilation(周囲に合わせる) という行動が含まれます。たとえば、自然に出る反応を抑える、他人の振る舞いを観察して真似する、会話の仕方をあらかじめ覚える、といったものです。そして、その背景にある動機が、

つながりたい
仲間に入りたい
拒絶・いじめ・批判などから自分を守りたい

という、「社会的つながり」と「自己防衛」が、子どもにも大人にも共通していました。また、信頼できる人といるときより知らない人といるとき、家庭より学校・職場でカモフラージュが多い傾向も整理されています。

そして、そこには短期的メリットがある一方、カモフラージュの多さは不安、抑うつ、社会不安の高さ、心理的ウェルビーイングの低さと関連していました。

カモフラージュを「やめればいい」と考えるより、「この人は、どんな環境ならカモフラージュを強く使わなくても安全とつながりを保てるのか?」という問いに変える。

すると焦点が、

本人の適応努力
→ 本人と環境との関係

へ移ります。

自閉スペクトラム症(ASD)の社会的カモフラージュとは?

人と普通に話している。
職場や学校にもなじんでいる。
相手の表情を見ながら、会話もできている。

周囲から見れば、

「コミュニケーションに困っているようには見えない」

そんな人のなかにも、

実は、周囲を細かく観察しながら、
自分の振る舞いを調整している人がいます。

自閉スペクトラム症(ASD)の研究では、このような適応のしかたを

「社会的カモフラージュ(social camouflaging)」

と呼んで研究しています。

内側で起きていること外から見える姿
一般的な社会適応「場に応じて役割や振る舞いを調整する」
内向性人づきあいを控えめにする
高セルフモニタリング場に合わせて振る舞いを変える
ASDの社会的カモフラージュ自然には読み取りにくい社会的情報を、
観察・学習・推論によって補って合わせる
社会不安評価を気にして慎重に振る舞う
トラウマ/防衛的な適応どう見られるかが怖いので、間違わないように振る舞う

自閉スペクトラム症(ASD)とは?

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)は、生まれつきの発達特性のひとつです。大きくは、

・人とのコミュニケーションや社会的なやりとりの特徴
・興味や行動の偏り、こだわりや反復的な行動の特徴

などがみられます。ASDの特徴の現れ方や程度には、大きな個人差があります。

たとえば、こんな特徴があります。

  • 対人・コミュニケーション:暗黙の了解や「察する」が難しい、雑談のタイミングがつかみにくい、言葉を文字どおり受け取りやすい、人との距離感や視線・表情など非言語的な情報の扱いに特徴がある。
  • 興味・思考:特定のテーマに強く集中する、好きなことを深く掘り下げる、決まったやり方やルーティンを好む、急な予定変更への負荷が大きい。
  • 感覚:音、光、匂い、触覚などに非常に敏感だったり、逆に感じにくかったりする。人混みや騒がしい場所だけでかなり消耗する人もいます。
  • 反復的な行動:身体を揺らす、手を動かす、同じ動作をするなどの反復行動(いわゆるスティミング)がみられることがあります。
  • 情報処理:細部に気づきやすい、規則性やパターンを見つけるのが得意な人がいる一方、複数の曖昧な情報を同時に処理する状況では負荷が高くなることがあります。

また、音や光、匂い、触覚などにとても敏感だったり、逆に気づきにくかったりと、感覚の受け取り方に特徴がある人もいます。

ただし、「スペクトラム」という名前のとおり、その現れ方は人によってさまざまです。

会話が苦手な人もいれば、一見とても社交的に見える人もいます。予定変更が大きな負担になる人もいれば、特定の音や光、人の多い場所などで強く疲れる人もいます。

そして大切なのは、

「外からどのくらいASDらしく見えるか」と、
本人が内側で感じている困難さは、必ずしも一致しない

ということです。

そして、さっきの社会的カモフラージュが重要なのは、こうした特徴が外からほとんど見えない人もいるからです。そして今回取り上げたいのは、こうした特徴そのものだけではなく、

本来は難しさがあっても、
周囲を観察し、学習し、
自分の振る舞いを調整することで、
「困っていないように見える」ことがある

ということです。

補足

ASDに見られる特徴は、ASDだけに特有というわけではありません。

「外から見える行動は似ていても、その背景にある仕組みが違う」ケースがかなりあります。たとえば代表的なのは、

・ADHD:会話のズレ、対人関係の難しさ、過集中、感覚過敏、予定変更への弱さなどが重なることがあります。ただ、中心には注意・衝動性・実行機能などの特徴があります。ASDとの併存もあります。

・社会不安:人と話しにくい、視線を避ける、会話を事前にシミュレーションする、人付き合いで疲れるなどは似ます。ただし「社会的なルールがわからない」というより「どう評価されるかへの不安」が中心になりやすいです。

・トラウマ/複雑性トラウマに関連する反応:人の表情を過剰に読む、相手に合わせる、人間関係を避ける、刺激に敏感になる、変化を警戒する、といった状態が現れることがあります。ここでは「危険を予測して身を守ること」が背景にある場合があります。

・愛着に関連する対人パターン:拒絶への敏感さ、距離の取り方の難しさ、相手への過剰適応など、一部はASDのカモフラージュと外見上似ることがあります。

・HSP/感覚処理感受性(SPS):音・光・人混みへの敏感さ、刺激の多い環境での疲労などは似ています。ただしHSPは医学的診断名ではなく、ASDの診断概念とも別物です。

・強迫症(OCD):決まった手順へのこだわりや反復行動が似て見える場合があります。OCDでは一般に、不安や侵入思考を軽減するための強迫行為という性質が重要になります。

・内向性・高い自己監視傾向:人付き合いのあと一人になりたい、会話すると消耗する、「こう振る舞えばいい」と自分をモニターする、といったこと自体は、発達特性がなくても起こります。

特に「社会的カモフラージュ」に焦点を当てるなら、
これらを分けて考えると理解しやすいと思います。

・ASD的なカモフラージュ
「自然には読み取りにくい社会的情報を、観察・学習・推論によって補って合わせる」

・社会不安的な適応
「どう見られるかが怖いので、間違わないように振る舞う」

・トラウマ/防衛的な適応
「相手が危険かもしれないので、相手を読み、刺激しないよう合わせる」

・一般的な社会適応
「場に応じて役割や振る舞いを調整する」

その「外から見える姿」と「内側で起きていること」の違いを考えるうえで、近年研究されているのが「社会的カモフラージュ(social camouflaging)」という現象です。

社会的カモフラージュとは?

社会的カモフラージュとは、

自閉スペクトラムの人が社会的な場面で、

自閉的な特徴を目立たなくしたり、
別の方法で補ったり、周囲に合わせたりすること

を指します。

研究では、大きく

Masking(マスキング)
Compensation(補償)
Assimilation(同化)

などの行動として整理されています。

たとえば、

  • 自然に出る動きや反応を抑える。
  • 相手の表情や振る舞いを観察して真似する。
  • 「こういうときには、こう返す」と会話のパターンを覚える。
  • アイコンタクトを意識的に行う。
  • 話したいことがあっても、周囲に合わせて抑える。
  •  ほかの人の振る舞いを参考にしながら、「この場ではどう振る舞えばいいのか」を考える。

こうした工夫によって、外から見ると、

「自然に周囲になじんでいる」

ように見えることがあります。

「できている」と「自然にできている」は違う

ここで興味深いのは、

外から見える行動だけでは、
その人の内側でどれくらいの処理が行われているかわからない

ということです。

同じように会話している二人でも、

一人はほとんど意識することなく、
その場の流れを感じながら話している。

もう一人は、

「いま話す番かな」

「どのくらい目を見ればいい?」

「この返事で大丈夫?」

「相手は退屈していない?」

と、たくさんの情報を確認しながら話しているかもしれません。

外側から見れば、どちらも

「会話ができている人」

です。

けれど、

そこに必要としている処理量は、まったく同じとは限りません。

なぜ、カモフラージュするのでしょう?

2024年に公開された、子どもから成人までを対象とした社会的カモフラージュ研究の系統的レビューでは、その動機として大きく

「人とつながりたい」

「自分を守りたい」

という二つの方向が見えてきました。

仲間に入りたい。

友達がほしい。

周囲から受け入れられたい。

仕事や学校でうまくやっていきたい。

一方で、

いじめられたくない。

拒絶されたくない。

変な人だと思われたくない。

批判されたくない。

つまり社会的カモフラージュは、単に

「本当の自分を隠している」

というだけではなく、

その環境のなかで「つながり」と「安全」を確保するために身につけてきた適応

として見ることもできます。


安心できる相手の前では、カモフラージュが少なくなることも

この視点から見ると、とても興味深いことがあります。

研究レビューでは、社会的カモフラージュは、

信頼できる人よりも、知らない人の前で

そして、

家庭よりも、学校や職場で

多くみられる傾向が報告されています。

つまり、

「その人がどんな人なのか」

だけではなく、

「その人が、どんな環境にいるのか」

によっても、表に現れる姿が変わる可能性があります。

家ではほとんど話さないのに、職場では社交的。

学校では問題なく過ごしているように見えるのに、帰宅するとぐったりしている。

親しい人の前では自然なのに、知らない人の前では「ちゃんとした人」になる。

そんな一見矛盾しているような姿も、

環境によって必要になる適応量が違う

と考えると、違った見え方をするかもしれません。

「適応できている」ことには、コストがあるかもしれない

社会的カモフラージュには、もちろん役立つ側面があります。

  • 人間関係を築く。
  • 仕事をする。
  • 社会的な目標を達成する。
  • 自分を危険から守る。

研究でも、そのような現実的なメリットが報告されています。

その一方で、

社会的カモフラージュと

  • 不安や抑うつなどのメンタルヘルス上の困難
  • 疲労やバーンアウト
  • 自己感覚やアイデンティティの混乱
  • 必要な支援につながりにくくなること

などとの関連も研究されています。

ただし、ここには注意が必要です。

「カモフラージュをすると、必ず心の健康が悪化する」
と因果関係が確定しているわけではありません。

もともと社会的な困難やストレスが大きいからカモフラージュが増える可能性もあり、近年のレビューでは、メンタルヘルスとの関係は双方向である可能性も指摘されています。

「カモフラージュをやめればいい」ではなく

では、

「そんなに疲れるなら、周囲に合わせるのをやめればいい」

のでしょうか。

おそらく、そんなに単純な話ではありません。

その人がカモフラージュを身につけた背景には、

そうすることで守られてきたもの

があるかもしれないからです。

人とのつながり。所属する場所。仕事。友人関係。

そして、自分自身の安全。

だから、

「カモフラージュをやめる」ことだけを目標にするより、
「この人は、なぜここでカモフラージュする必要があるのだろう?

と考えてみる。

さらに、

「どんな人・どんな場所なら、
それほど自分を調整しなくても安心していられるのだろう?」

すると焦点が、

「本人をもっと上手に社会へ適応させる」ことだけではなく、

本人と環境との関係 にも広がっていきます。

神経系の視点から眺めてみると

ここからは、SHAlicaで考えてみたい視点です。

社会的カモフラージュを、単に

「自分を隠している」

という心理的な問題だけとして見るのではなく、

「この環境で安全につながっているためには、
どれくらい自分を調整する必要があるのか」

という視点から眺めてみます。

  • ある人の前では、身体がゆるむ。
  • 言葉を選ばなくても話せる。
  • 沈黙していても大丈夫。
  • 表情をつくらなくても大丈夫。

一方、別の環境では、

  • 相手の顔を見る。
  • 反応を確認する。
  • 言葉を選ぶ。
  • 自分の表情を調整する。
  • 場のルールを読み続ける。

同じ「人と一緒にいる」という出来事でも、
神経系に必要とされる仕事量は、かなり違うかもしれません。

「社会に適応できている?」から、もうひとつの問いへ

社会的カモフラージュの研究から見えてくるのは、

外から見て

「ちゃんとできている」

だけでは、その人の状態を十分には理解できないということです。

「人付き合いができているか?」だけではなく、

「その人付き合いをするために、どれくらい自分を調整している?」

「問題なく学校へ行けているか?」だけではなく、
「学校から帰ったあと、どうなっている?」

「社会に適応できているか?」だけではなく、
「どんな環境なら、それほど適応しようとしなくてもいられる?」

そんなふうに問いを変えてみる。

その人自身を変えることだけではなく、

その人の神経系が安心して存在できる
、人・距離・環境を探していく。

社会的カモフラージュという研究は、

「適応しているように見える」という外側だけでは見えてこない、

その人と環境との関係

に目を向けるきっかけになるのではないでしょうか。

参考にした研究

PubMed:A systematic review of social camouflaging in autistic adults and youth
Cambridge University Press|Development and Psychopathology 「自閉スペクトラムの成人・若年者における社会的カモフラージュの系統的レビュー」

子ども・成人の自閉スペクトラムにおける社会的カモフラージュをまとめた系統的レビューを中心に参照しました。社会的カモフラージュには、マスキング・補償・同化などが含まれ、子どもと成人には「社会的につながりたい」「自分を守りたい」という共通した動機が報告されています。また、社会的カモフラージュとメンタルヘルスとの関連については複数のレビューがありますが、因果関係については慎重に考える必要があります。

※社会的カモフラージュは現在研究が進んでいる概念です。この記事はASDの診断を目的とするものではありません。