「目覚め」という一喜一憂……高覚醒・交感神経側に大きく振れている状態と混同してしまうとき。

PNSE・悟り

縦軸(意識変容)に傾いているときほど、
横軸(癒し)方向のバランスが見えにくくなることがある。

そのようなことが起きやすい理由は、

上がった状態(高覚醒:交感神経側に大きく振れている状態)を“安全になった、良い状態”と誤認しやすいからです。

トラウマや慢性的な過緊張がある場合、
もともと神経系の基準値が高めになっていることがあります。
つまり、何も起きていないときでも、

身体がすでに少し「警戒モード寄り」になっている

その状態が長年の「普通」になっていたりすると、
自分が緊張していること自体にも気づかない

こともあります。

そこからさらに交感神経が活性化すると、

普通の人なら
「ちょっと興奮してるな」
と感じるレベルでも、
耐性の窓の上限に近づきやすい

平常時から高めであるため、
少しの刺激でさらに上がる
→ 「軽い・元気・いいかんじ」と感じる
→ 限界を超える
シャットダウン

という「大きな神経系の一喜一憂」が起こりやすくなる。

そして、この交感神経が「活性化」している状態を

「元気」「自由」「軽い」
「世界が開けた」「何でもできそう」


というような 万能感 として感じられることもある。

それは、

それまで「重さ」をかんじていた人ほど、
その対比として……
この「軽さ」がものすごく魅力的にかんじられます。

そのため身体はまだ高覚醒
(交感神経のほうに高くブレている状態)

なのに、主観的には、

「いい状態に抜けた」
「右脳回帰した」
「癒された」
「もう問題がなくなった」

と解釈されやすい。

ここにもう一つ大きいのが

状態依存の認知

人は、そのときの神経状態に合う物語を作ります。

高揚しているときは世界を肯定的・拡大的に解釈しやすく、
落ちているときは逆に世界を重く感じやすい。

だから高覚醒のときには、

「元気」「自由」「軽い」
「世界が開けた」「何でもできそう」

という万能感を通した物語

が、客観的な事実=真実のように感じられる。

でも、確かめてみてほしいのが

その理解を支えている
身体の状態が安定しているかどうか?

です。

身体側に

「未処理の恐怖、緊張」などが残っていると、
その高覚醒状態は簡単に崩れます。

大きな神経系の一喜一憂
高覚醒 → 限界を超える → シャットダウン

というのが行ったり来たり(一喜一憂)が
当たり前=日常=くりかえし起きてきます。

神経系が

アクセルを踏み続ける
(交感神経優位)

もう無理

ブレーカーが落ちる

(背側迷走神経)

みたいな極端な動きが
「通常パターン」になっているかもしれない

ということです。

なぜ、大きな神経系の振れ幅
「一喜一憂」を繰り返すのか?

高覚醒(交感神経に高ブレしている状態)を
やりすぎ・いきすぎ・アンバランスさとして
自覚・認識されていないからです。

むしろ、

「この状態こそ、本来の私:いい状態」
「ここに戻ればいい」
「もっと、この状態を維持したい」

となるので、

次もまた上がる
(ブレーキが効いていない状態)

そして背側に落ちたときには、

「これは癒しだ」
「深い解放が起きた」
「これもスピリチュアルなプロセス」

と意味づける。

すると、

交感神経方向に上がりすぎたこと自体が
検討されないままなので……

上がる落ちる → 意味づける → また上がる

という神経系の一喜一憂が
「いつものパターン」として起きてきます。

さらに、横軸の癒しが
不十分な状態で起きやすいことが

感情や身体感覚を
「感じて、確かめる」のではなく
思考的解釈のほうが
「起きやすい」

怖い、寂しい、怒っている、疲れている。
こういう生々しい身体感覚に留まる代わりに、

「これもスピリチュアル的には意味があることだ」
「すべて完璧だ」
「今あるこれがあるだけ……」

といったスピリチュアル・精神世界的な解釈がおきてくる。

コトバとしては一見すごく成熟して見えるんだけど、
感情との接触を避ける巧妙な方法
(スピリチュアル・バイパッシング)になっているケースがある。

そうなっている場合に必要なのは、
意味づけ(解釈)することではなく、

状態を「身体で識別する能力」を育てること

たとえば、

「この軽さのとき、着地点・足の裏を感じられる?」

「いまのこの状態は、交感神経優位?」

「疲労は感じられる?」

「すぐに行動せずに、いったん待つことはできる?」

「眠れる?」

「静かに一日を過ごせる?」

「特別な刺激がなくても、この安心は残る?」

本当に調整された安全状態は、
「派手じゃないことが多いです。」

むしろ、

普通。
地味。
身体がある。
人とつながれる。
ひとりでもいられる。

このくらい。

そして、この高ブレ(交感神経優位な高揚感にいるとき)というのは、
必要な情報が入ってこないことが多いです。

気づかない、ポジティブ(というより高揚感)によって必要な内省や体験から学ぶことが起きてこない、何度も言われても理解できない……等、そのような現象自体が

心理的な防衛反応から来ている
「気づくことへの回避」

であったりします。そして、この

「気づけない、気づきが起きてこない」

というのは、意識変容を停滞させたり邪魔しているポイントでもあるため、意識変容のためには「癒しも必要」とお伝えしている理由でもあります。

二軸モデル(意識変容✖️癒し)で見るなら、

縦軸(意識変容)の体験に傾いているときほど、
横軸(癒し)の必要性が見えにくくなることがある

という落とし穴です。