
「嫌なのに気になる」
そんなときは、その人間関係が「中心から近すぎるサイン」かもしれません
このワークが大切にしていること
このワークの基準点は、
正しさや道徳心ではなくて
今の私の神経系が、
どこなら安心できるか?
人間関係の距離を、義務や常識ではなく、
自分の安心、心地よさ、快適さ
から選び直してみる。そのために
自分の内側で、
人間関係の配置を置き変えてみるワークです
このワークでおこなっているのは、
現実の人間関係を変えるというよりも
「内的配置を選びなおす」
自分の内面において、その人間関係との
「心理的な距離」を調整してみるワークです。
それだけで、関係性に使っていたエネルギーが
自分のところへ戻ってくることがあります。
「嫌なのに、なぜか気になる」
「もう関わりたくないのに、その人のことを何度も考えてしまう」
そんなことはありませんか。
・ 何度も、相手のことを思い出す。
・ 言われたことが頭から離れない。
・ 相手の反応が気になる。
嫌い、苦手、怖い、腹が立つ。
こうした反応が起きているとき、
身体では警戒が高まり、
交感神経優位の反応が伴っていることがあります。
つまり、その人間関係を、
「安全ではない」
「警戒しておいたほうがいい」
と感じている状態です。
そんなときは、
その人間関係が
わたし=中心からかなり近いところに
置かれているせいかもしれません。
そこで使うのが、
人間関係の同心円ワーク
です。

このワークでおこなっているのは、
現実の人間関係を変えるというよりも
「内的配置を選びなおす」
自分の内面において、その人間関係との
「心理的な距離」を調整してみるワークです。
「わたし」を中心に置いた人間関係の円
① 中心=わたしに近いところに置かれている人間関係は
あなたの「幸せ、安心、心地よさ」などのリソースになるような存在たちです。
それは家族、親しい友人、パートナーなど、
自分の人生に深く関わっている人かもしれません。
(同時に、それは血縁関係や属性にも縛らせません)
② それより外側の、少し離れたところには、
知人、仕事や趣味の仲間、顔見知りなど
(よく会ったり、やりとりする人たち)
③ さらに、その外側には、
「みんな」として人生で触れ合う人たち
普段、知覚されるのはここまでで……
そして、そのさらに外側には、
④ わたしの世界の「外」
私の人生=円の外側の領域
がある、そんなふうにイメージしてみます。
配置するとき義務感はいらない
ここで大切なのは、
家族など近しい属性だから
近くに置かなければならない
という決まりはない
ということです。
親だから。
血縁関係だから。
長い付き合いだから。
そうした社会的な関係性や建前ではなく、
いまの自分
(というより、神経系が)
どの距離なら安心していられるか
を基準にしてみてください。
「嫌なのに気になる」は、
わたし=中心から近すぎるサインかもしれない
たとえば、
「嫌いなのに、なぜか気になる」
という人がいたとします。
そんなときは、
「この人は、いま、私の同心円の
どのあたりにいるんだろう?」
と見てみてください。

もしかすると、
本当は「みんな」くらいの距離で十分な人を、
中心に近い「安心できる存在、知人・関係者」ぐらいの
近い距離に置いているかもしれません。
そこで、
この人をどこに置いてみたら
わたしは、快適・安心だろう?
と問いかけてみます。
知人くらい?
みんなの中?
それとも、いったん円の外?
円を眺めてみて、
感覚的にココというところでいいです。
中心(自分)からどれぐらい離れたところに置いたら、
少し呼吸がしやすくなるだろう?
身体の緊張がゆるむかんじ
頭の中が静かになる。
そんな場所を探してみます。

その人全部を遠ざけなくてもいい
もうひとつ、このワークには大切なポイントがあります。
その人全部ではなく、
その人の「いち部分」だけを
遠くに置くこともできます
たとえば、
普通に話すAさんは好き。
でも、
・ 批判してくるAさん
・ 支配してくるAさん
・ 愚痴に巻き込んでくるAさん
・ こちらに「救う役」を求めてくるAさん
そのような場合には
この人のこのパーツだけを、
中心から遠くへ再配置・置いてみる
「みんな」のあたり、または円の外へ置く。
そうすると、どんなかんじがするか?
つまり、
関係性を切るのではなく、接続ポイントを選ぶ。
「あなたはいらない」ではなく、
「その人の、そのパーツ・その物語に、私は参加しません」
と決めることができます。
罪悪感があってもいい
家族や長い付き合いの人を遠くへ置こうとすると、
「なんだか、後ろめたいなあ」
「冷たい人間なのでは……」
と罪悪感が出てくることもあるかもしれません。
でも、
罪悪感が出ることと、
その距離が間違っていることは別です。
「家族は大切にすべき」「親とは仲良くすべき」
そんな自分の中のルールと、
新しく選んだ配置がずれたことで、
罪悪感が生まれていることもあります。
この配置はいつでも変えられます。
「確かめてみる」だけでもいいから、
自分の心身が落ち着くなら
いったん、その配置に置いてみる。
今は、その距離でいい。
たとえば、
一人の時間は、
すべての関係性を円の外に置いた方が
集中できる・リラックスできるなら、
そうしてみてもいいんです。
配置は、いつでも変えていい
この再配置は、永遠の判決ではありません。
ずっとそこに置いておく必要もありません。
いったん円の外に置いてみる。
それで落ち着いたなら、そのままでいい。
時間が経って、
「あの人、もうそんなに気にならないな」
と思うようになったら、
少し近くへ戻してみて、どう感じるか確かめてもいい
反対に、
「やっぱり近すぎた」
と思えば、また遠くへ……動かしてもいい。
距離は固定するものではなく、
調整するもの。
その時々の自分に合わせて、いつでも配置を変えることができます。
人間関係の同心円ワーク
私は、この人間関係を
どこに置いておくと、
いちばん安心していられる?
近くてもいい。遠くてもいい。
いったん円の外でもいい。
そして、
配置はいつでも変えていい。
人間関係の距離は義務ではなく、
いまの自分の心身がOKを出す距離で
そのたびに、選び直していいのです。

関連ワーク





