マインドフルネスを「万能薬」のように捉えていることによる問題

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西洋のマインドフルネスには二つの源流がある

① 仏教の伝統

約2500年続く瞑想実践の歴史

② 現代科学

約250年の心理学・医学・神経科学

トラウマセンシティブ・マインドフルネスは、
この両方の影響を受けていると述べています。

ブッダとマインドフルネス

一般には、

仏教瞑想というと

「集中(concentration)」

が重視されると思われがちです。

しかし著者は、

ブッダが最も重視したのは

mindfulness(気づき)

だったと説明します。

ヴィパッサナー

ブッダは

Vipassana(ヴィパッサナー)

という実践を教えました。

「物事をありのままに見る」

「明晰に観察する」

その目的は、

ただリラックスすることではなく、
現実を深く観察することでした。

仏教における目的

マインドフルネスは最終的に次の理解へ向かいます。

  • 無常(impermanence)
  • 苦(suffering)
  • 無我(non-self)

そして、苦しみからの解放を目指します。

仏教では、マインドフルネスは単独では存在しません。

それは

倫理(ethics)

の枠組みの中に埋め込まれています。

つまり、

気づきだけを鍛えるのではなく、

  • 思いやり
  • 非暴力
  • 他者への配慮

と結びついているのです。

本来のマインドフルネスは、
単なるストレス軽減法ではなく、
倫理と結びついた「現実を深く見る実践」である。

仏教の倫理(Ethics)と安全

仏教のマインドフルネスが単独の技法ではなく、
倫理的な実践の中に位置づけられています

ブッダは修行者に対して、

200以上の戒律(precepts)を定めました。

一般の瞑想リトリートでは、その中でも代表的な

  • 殺生しない
  • 盗まない
  • 性的な害を与えない
  • 嘘をつかない
  • 酩酊物質を避ける

などの戒めが重視されます。

なぜ倫理が大切なのか

著者は興味深い事例を紹介しています。

性的トラウマを抱えたクライアントが仏教リトリートに参加した際、

こうした戒律によって

「ここでは危害を加えられない」

という安心感が生まれ、

結果的に回復を支える環境になったそうです。

つまり倫理は、

単なる道徳規則ではなく、

安全な場をつくる仕組み

として機能しているという説明です。

四念処(Four Foundations of Mindfulness)

仏教における有名な実践体系である
マインドフルネスを育てる4つの領域です。

① Body(身体)

身体感覚や呼吸など。

② Feelings / Sensations(受・ヴェーダナー)

快・不快・中立という感覚のトーン。

③ Mind(心)

感情や心の状態。

④ Dharma(法)

物事のパターンや法則性。単に感覚や感情を見るだけではなく

その背後にある

  • パターン
  • 繰り返し
  • 因果関係

を観察する領域です。

例えば、

  • どんな時に怒りが生まれるか
  • どんな条件で苦しみが強くなるか
  • どのように消えていくか

を見ることです。

著者は、トラウマ専門家でもある
Tempel Smithの言葉を引用し、

第4の領域では

「ただ受け入れる」だけでなく、

「どのように介入するかを学ぶ」

ことも含まれると説明しています。本書では主に

① 身体

② 感覚(快・不快・中立)

③ 心(感情や心の状態)

の3つに焦点を当てると明言しています。


第4の Dharma は、仏教全体の深い教えに関わるため、本書の範囲を超えるとしています。


自分は宗教学者ではなく、
トラウマとマインドフルネスの実践家として本を書いていると説明します。

そのため本書では、

宗教的教義そのものよりも、現代人が実践できる

世俗的(secular)マインドフルネス

に焦点を当てる方針を示しています。

本来のマインドフルネスは、
身体・感覚・心への気づきを、
倫理と安全の土台の上で育てる実践である。

現代マインドフルネスがどのように西洋社会へ広がったか?

リラクゼーション反応の発見

Herbert Benson は1970年代、超越瞑想(TM)を研究します。

そして、瞑想によって

  • 血圧低下
  • 心拍数低下
  • 不安軽減
  • ストレスホルモン減少

が起こることを発見しました。

彼はこれを

Relaxation Response
(リラクゼーション反応)

と名づけます。

東洋的要素を取り除く

興味深いのは、ベンソンが瞑想法そのものよりも、
その健康効果を前面に出したことです。

当時のアメリカでは東洋宗教への警戒感もあり、

ベンソンは瞑想を

宗教ではなく医療技法

として紹介しました。つまり、

仏教やヒンドゥー教の文脈から切り離し、
健康法として再パッケージしたのです。

Jon Kabat-Zinn の登場

1979年、

Jon Kabat-Zinn(ジョン・カバット=ジンは、アメリカの分子生物学者、瞑想教師、作家であり、マインドフルネスを医学・科学・社会の主流に導入した先駆者)

University of Massachusetts Medical Centerで

MBSR:マインドフルネスストレス低減法
(Mindfulness-Based Stress Reduction)

を開発します。

このMBSRは、

  • マインドフルネス瞑想
  • ボディスキャン
  • ヨガ

などを組み合わせた8週間プログラムです。

マインドフルネスを宗教としてではなく、誰でも利用できる「仏教瞑想の要素を科学的かつ世俗的なプログラム」として提示しました。

その結果、MBSRは急速に広まります。

MBSRが大きな成果を上げた

研究によって、

  • がん
  • HIV/AIDS
  • 心疾患
  • パーキンソン病
  • うつ
  • 慢性疼痛

などへの効果が報告されました。

現在では、世界30か国以上、
1000人以上の認定指導者が活動していると紹介されています。

マインドフルネス・ブーム

さらに1990年代以降、

マインドフルネスは医療を超えて広がります。

学校、企業、大学、刑務所などでも導入され、

大企業では

  • Apple
  • IBM
  • General Motors
  • Reebok

などが社員研修に採用しました。

マインドフルネス革命

2014年に雑誌Timeで

「The Mindful Revolution」

という特集を組まれたことを紹介しています。


つまり、

マインドフルネスは

一部の瞑想実践ではなく、

社会現象レベルに成長したのです。

現代マインドフルネスは、
仏教的実践を医療・科学の言葉へ翻訳することで世界的に普及した。

著者は、

この「マインドフルネス革命」は成功だった一方で、
新たな問題も生んだと示唆しています。

ただ同時に、

普及する過程で削ぎ落とされたもの――

  • 倫理
  • 関係性
  • 安全
  • 文脈

にも注意を向けています。

「マインドフルネスは素晴らしい。
でも、その成功ゆえに大事なものを置き忘えていないか?」

という問いです。

マインドフルネスへの違和感

マインドフルネスの急速な普及に対して、
一部の実践者や研究者が懸念を示していることが紹介されています。

心理療法家の Mary Sykes Wylie の言葉を引用しています。

彼女は、

アメリカでのマインドフルネスは、
個人化され、
商業化され、
治療技法化され、
本来の精神的・倫理的文脈から切り離されてしまった

と指摘しています。

Panacea Problem(万能薬問題)

著者は、

マインドフルネスがあまりにも成功した結果、
次のように扱われるようになったと言います。

  • リラックスのため
  • ストレス軽減のため
  • 仕事の成功のため
  • 幸福になるため
  • 自信を高めるため
  • 人生を良くするため

つまり、

「どんな問題にもマインドフルネス」

という発想です。

著者はこれを

Panacea Problem(万能薬問題)

と呼んでいます。

本当に万能なのか?

著者はここで重要な疑問を投げかけます。

マインドフルネスがあらゆる分野で絶賛されているのに、
なぜ問題点についてはほとんど語られないのだろう?

そして、

マインドフルネスに

「リスクがないという証拠は実は十分ではない」

と指摘します。


Willoughby Britton の研究

Britton が立ち上げた

Varieties of Contemplative Experience Project(VCE)

を紹介しています。


この研究は、瞑想によって生じる

「困難な体験」を調査した大規模プロジェクトです。


研究では、

約100人の瞑想実践者や指導者へのインタビューから、

59種類の困難な瞑想体験

が報告されました。例えば、

  • 解離(dissociation)
  • 離人感(depersonalization)
  • トラウマ記憶の再体験
  • 強い不安
  • 現実感の喪失

などです。著者が伝えたいのは、

瞑想には良い効果だけでなく、
難しい反応も起こりうる

ということです。

「マインドフルネスは必ず安全」という思い込み

研究者たちは、
瞑想体験は人によって大きく異なり、

影響は

  • 個人の歴史
  • 性格
  • トラウマ歴
  • 実践環境

などによって変わると述べています。つまり、

「瞑想は誰にでも安全」という一般論は
成り立たない可能性があるのです。

マーガレットとイヴォンヌの事例との接続

再びマーガレットとイヴォンヌの話に戻ります。


マーガレットは、

マインドフルネスについて聞く話がほとんど肯定的だったため、

「とりあえず瞑想を勧めれば役立つはず」と思っていました。

しかし実際には、

イヴォンヌ(クライアント)にとってその瞑想は助けにならず、

むしろ

  • 混乱
  • 不安
  • 見捨てられ感

を強めてしまいました。

さらにマーガレットは、イヴォンヌが受けてきた

  • 人種差別
  • 社会的ストレス

という文脈も十分に理解していませんでした。


マインドフルネスは有益な実践だが、万能薬ではない。
人によっては苦痛や混乱を強めることもある。

著者が批判しているのも、

マインドフルネスそのものではなく、

「とにかく内側を見ればよい」

「瞑想すれば解決する」

という単純化です。

「感じること」よりも

「感じるための条件づくり」

(安全・支え・関係性・文脈)

を重視している、ということです。

マインドフルネス・ブームの中で
良い面ばかりが強調されやすいが、

著者は、

トラウマインフォームドな視点では、

メリットだけでなく

  • 限界
  • 副作用
  • リスク

も理解する必要があると述べています。