The Myth of Normal: 第12章
「Horticulture on the Moon: Parenting, Undermined
(荒れ地での園芸 ― 弱体化された子育て)」
の冒頭です。
本来、人間には子どもを育てるための自然な知恵や能力が備わっている
しかし、現代社会そのものが、その本来の知恵を発揮しにくくしている
現代社会には、子育てに関する情報や専門家のアドバイスがあふれています。
親たちは良い親になろうと努力し、本やネットで学び、たくさんの情報を集めるけれど、それでも「どうしたらいいのかわからない」と感じています。
現代社会の「普通(Normal)」が
子育てを難しくしている二つの要因
① 親の本能の侵食
親が自分の感覚よりも、
専門家やマニュアルを信じるようになって
本来備わっている養育能力や直感が弱められている。
② 孤立と慢性的ストレス
人類は本来「村全体で子どもを育てる」生き物でした。
しかし現代では、
- 核家族化
- 地域共同体の崩壊
- 過重労働
- 慢性的ストレス
によって、親が孤立した状態で子育てをしなければならなくなっています。
その環境そのものが、
健全な発達を妨げるという視点です。
つまり
問題は親の能力不足ではなく、
支えを失った環境にある
親も子も、
まず安心や支えの感覚があってこそ、
本来持っている自己調整力や育つ力が働く。
「本能が本によって抑え込まれる」
著者の Gabor Maté は、
子育て本や専門家依存が増えている
現代社会について批判的に考察しています。
近年
「データに基づく子育て本」
が人気になっています。その本では、
- 母乳育児
- 添い寝
- 昔ながらの養育法
などを相対化し、
「親は何をしたいのか?」
「親の好みを大切にしよう」
という考え方が強調されています。
そもそも、その『親の好み』は
本当に自然なものなのか?
と著者の Gabor Maté は問いかけます。
なぜなら、
人の好みや価値観は
文化や社会環境によって作られるからです。
例えば、
現代社会が
- 忙しすぎる
- 孤立している
- 効率重視
- 支援が少ない
環境だった場合、親の「こうしたい」も
その環境の影響を受けている可能性があります。
本能は自動では働かない
本能は遺伝子のように自動的に発動するものではない
本能は、適切な環境の中で
初めて呼び覚まされるもの。
逆に、
不自然な環境で暮らしていると、
人は自分の本能とのつながりを失ってしまう。
これは人間だけでなく、
動物でも同じだと述べています。
現代社会への批判
そのため著者は、
子育て専門家が増えていること自体が、
本能との断絶の表れなのではないか
と指摘します。
つまり、
「専門家が増えたから問題が解決する」のではなく、
「なぜそこまで専門家が必要になったのか」
を見た方がよいという視点です。
人は本来必要な力を持っている。
しかし、それが働くためには
『安全で支えのある環境』が必要である。
本能も自己調整力も、
「無理に作り出すもの」ではなく、
適切な環境や支えの中で
自然に立ち上がってくるもの
この現代の子育ての問題は
最近始まったものではないと言います。
西洋社会の歴史を振り返ると、
- 乳児殺し
- 恐怖によるしつけ
- 体罰
- 子どもの意思を折る教育
などが長く「当たり前」とされてきました。
14世紀頃には、
子どもは粘土のようなものであり、叩いて形を作るべきだ
という考え方さえ広く存在していたそうです。
「社会化モード」の登場
19世紀半ばになると、
歴史家の Lloyd deMause が
「Socializing Mode(社会化モード)」
と呼ぶ子育て観が広がります。
その目的は、
子どもを社会に適応できる人間に育てること
です。つまり、
- お行儀よく
- 協調的に
- 周囲に合わせて
- 社会の期待に応える
人間を育てることが重視されるようになりました。
スポック博士の影響
20世紀になると
Benjamin Spock 著
Baby and Child Care
が大ベストセラーになります。
そこでは、
赤ちゃんが夜泣きしたり親を求めたりすることを、
ある種の「抵抗」と見なし、
親は部屋を出て戻らない方がよい
という考え方が紹介されていました。
著者はこれを強く批判します。
なぜなら、
赤ちゃんが親との身体的な近さを求めるのは、
哺乳類として極めて自然な欲求だからです。
今も続く「社会化モード」
著者によると、現代でも多くの育児アドバイスは、
実はこの社会化モード
「社会で受け入れられる人間になること」を重視する考え方
を引き継いでいます。
ここで著者が言いたいのは、
子育ての本来の目的は
『社会に合わせること』ではなく、
『安全な愛着関係を育むこと』ではないか
ということです。
この社会化モードとは極端に言うと
「感じる前に合わせる」
という教育です。
つまり、
社会への適応を先にするのか、
安心とつながりを先にするのか。
というテーマでもあります。
「社会化」よりも子どものニーズ
子どもを社会に適応させる考え方や教育論は
子どものニーズよりも社会の要求を優先してしまっている
親が社会の代理人となって、
子どもを型にはめようとしている、という見方です。
人間には「進化的な巣」がある
発達心理学者の
Darcia Narvaez の研究
彼女は、人類が長い進化の歴史の中で育まれてきた
Evolutionary Nest(進化的な巣)
という概念を提唱しています。これは、
子どもの脳や神経系が
最も健やかに発達する環境
のことです。
安心できる周産期体験
妊娠中から出産まで、母親が大きなストレスにさらされないこと。
乳児のサインへの素早い応答
泣いたり不快を示したとき、できるだけ早く応答すること。
豊富な身体接触
- 抱っこ
- おんぶ
- 触れ合い
など。単なる接触ではなく、動きのある身体接触 が含まれます。
長期間の授乳
2〜5歳までを自然な卒乳年齢として挙げています。
複数の養育者
母親ひとりではなく、多くの大人に支えられる環境。
社会的支援
母親自身が支えられていること。
異年齢の子どもとの自由な遊び
自然の中での自由な遊び。
「巣」は母親だけの話ではない
発達心理学者のDarcia Narvaezは
この巣とは、母親が妊娠中にリラックスしていることから始まる
著者は、
自然な共同体で暮らしていた文化を例に挙げます。
そうした社会では、
- 育児専門家はいない
- 子育て本もない
- 知恵は世代から世代へ伝えられる
という形でした。
「うちの部族では、2歳になるまで子どもを地面に置かなかった」
ある高齢のクリー族の女性は、
「うちの部族では2歳になるまで子どもを地面に置かなかった」
と語っています。つまり、
常に抱かれ、
常に「誰かとの接触」の中にいた。
南米の先住民社会での話
ある父親が3歳の息子に怒鳴ったとき、周囲の人たちは
「子どもが悪い」のではなく、
「父親が自然の法則に反した」
と受け止めたそうです。
子どもを怒鳴ること自体が、
「 共同体の価値観では異常だった 」というエピソードです。
先住民文化では体罰は一般的ではなかった
狩猟採集民や先住民文化の研究
そこでは、
- 子どもを叩くこと
- 恐怖で従わせること
は一般的ではありませんでした。むしろ、
ヨーロッパから来た人々が、先住民たちが
「体罰を避けていることに驚いた」
という歴史的記録が紹介されています。
ネツィリク・イヌイットの例
人類学者の研究では、母親は
- 怒鳴らない
- 叱らない
- 無理に干渉しない
一方で、
温かく愛情深く接していた
そして、それでも子どもたちは、
十分に社会性を身につけた大人へ成長しました。
つまり、
厳しく社会化しなくても、
人は自然に社会性を発達させる
という例として紹介されています。
子どもは「教育」や「しつけ」によって育つのではなく、
まず安心・接触・つながり・共同体という“巣”の中で育つ。
子どもは「服従」ではなく「関係性」で育つ
恐怖によって従わせることと、
健全な成長を支えることは別物
ということです。子どもは、
脅しや威圧によって行動を止めるかもしれません。
しかしそれは、
内面の成熟や学習
とは必ずしも同じではない。
体罰への見直しが進んでいる
American Academy of Pediatrics が
2018年に発表した声明が紹介されています。
約100件の研究を検討した結果、
- 体罰
- 怒鳴るなどの厳しい言葉による罰
は長期的には
- 攻撃性を高める
- 自制心の発達を妨げる
- 責任感の形成を妨げる
可能性があると結論づけました。さらに、
ストレスホルモンの増加によって、
脳の発達や精神的健康にも悪影響を与える可能性
が指摘されています。
また、Harvard University の研究では、
体罰が子どもの神経系や心理に与える影響は、
より強い暴力と同程度に
深刻な場合があることも示された
と紹介されています。
親の本能は実は正しくできている
このページの核心はここです。著者は、
私たちの養育本能は、
子どもの発達ニーズを満たすように
非常によく設計されている
と言います。
そして、現代の専門家が
「やりすぎだからやめなさい」
と言うようなこと――
例えば、
- 抱っこ
- 密着
- そばにいること
こそが、実は子どもが必要としているものなのだ、と述べています。
赤ちゃんだけを見てはいけない
ページ最後では、
イギリスの小児科医
Donald Winnicott
の有名な言葉が引用されます。
「赤ちゃんだけというものは存在しない」
つまり、
赤ちゃんを見るなら、
必ずその養育者も一緒に見なければならない。
赤ちゃんと母親(養育者)は、
一つの関係性の単位だという考え方です。
子どもを育てるのに必要なのは、
より多くの管理や訓練ではなく、
愛着とつながりを支える環境である。
「母親が孤独なのは母親のせいではない」
「母親業は孤独で孤立しがち」
しかし、問題は母親であることではなく、
母親を孤立させる文化や社会構造
にあると言います。
「月で園芸をするようなもの」
月面で植物を育てるのが難しいとしても、
それは植物や園芸家の能力不足ではありません。
問題は、
植物が育つための条件が欠けていること。
同じように、現代の子育ての苦しさも、親個人の問題ではなく、
子育てに必要な環境条件が失われていること
を意味しているのです。
子育てが苦しいのは、親が足りないからではなく、親子を支える「土壌」が失われているからである
親にも生物学的な報酬がある
赤ちゃんが親を必要としているだけではなく、
親もまた赤ちゃんを必要としている
赤ちゃんとの触れ合い、
- 抱っこ
- 授乳
- 見つめ合い
- 微笑み合い
は、
親の脳にも
大きな報酬をもたらします。
つまり養育とは、一方通行ではなく、
親子双方を満たす相互的なシステム
として設計されているということです。
愛着は脳の報酬系を活性化する
赤ちゃんの笑顔を見ると、
母親の脳では
- ジャンクフード
- 依存性薬物
などと同じ報酬系が活性化することがわかっているそうです。
もちろん質はまったく違いますが、
生物学的には「子どもの世話をしたくなるように」設計されているのです。
しかし環境が必要
哺乳類の愛着システムは、
放っておけば勝手に働くわけではない
たとえば、
- クジラ
- チンパンジー
- ネズミ
- 人間
どの哺乳類でも養育回路は
環境依存型
つまり、適切な環境がなければ十分に機能しません。
「潜在能力」は最初からある
神経科学者Jaak Pankseppの研究
人間の脳には、
もともと
- CARE(養育)
- PLAY(遊び)
- PANIC/GRIEF(分離不安・悲しみ)
などの回路があります。しかしそれらは、
適切な環境によって初めて活性化される。
男性にも女性にも、
子どもを育むための回路は
潜在的に備わっている
ただし、その回路を引き出す環境が必要なのです。
人は「足りない」のではない。
本来備わっている力が発揮される環境を失っている。
参考図書:The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture (English Edition) Gabor Maté MD (著)

