静けさの協働調整

静けさ

昨日、三脳バランス研究所内のイベントとして「ゆるっとおしゃべりと静けさと……」というような題目のグループセッション(オンラインでの集い)を開かせていただきまして、

そういうことかと……ようやく言語化できた気がします。

協働調整(Co-regulation)とは……

心理学や保育の分野で使われる専門用語

不安や不快な感情を抱えた人が、
安心できる他者(親や養育者など)の
優しい声かけや表情、スキンシップなどによって、

感情や生理的状態を落ち着かせ整えてもらう経験を指します

(Googleさんより抜粋)

静けさによる協働調整

誰か(=協働調整)にしてもらうでもなく
自分で(=自己調整)でもなく

静けさという大前提

とともにあることによって起きてくる協働調整

協働調整とは他者とのやりとり「他者から反応してもらう」ことによって
感情や状態が整う調整のことを指し(赤ちゃんの頃でいう「あやしてもらう」)

自己調整とは協働調整ではなく(他者をとおしてではなく)
自分自身でそれをおこなうことを指すわけですが、

静けさによる調整は、自己調整のように起きているようにもおもえるけれど、

同時にそれは「自己=自分自身によるものでもない」

そのニュアンスゆえに自己調整ではなくて

「 静けさの協働調整 」と表現してみています。

たとえば

わたしが誰かを

静けさをとおして

一緒に癒す
一緒に感じる
一緒に深める

ということが起きているわけでもない。

一緒に何もしない

一緒に静けさであるだけ……
協働でも、自己でもない

自己調整という自力も超えている他力
(けれど、この他力とは誰かでもない)

わたしがワンネスをかんじるとき、

バスに乗っているとき……

公園のベンチでその様子を眺めているとき……

窓の外から聞こえてくる
世界のようすに耳を傾けるとき……

そのような

「いつものあたりまえの日常の瞬間」

にかんじることが多いのですが、

そこに他者/世界があって……

その他者/世界との非分離
(境界線のなさ)が濃厚になる瞬間です。

そのような事実が
明らかになることによる根本的な癒しがある

ひとりでも味わえる静けさですが
そこにいるみんなで「 この静けさを味わう 」

それによって自然と起きてくる……癒しや気づき

そのときどきの、
その人それぞれの、
そのときに必要ななにかが……

今回もそのような時間を一緒に過ごさせていただいて、
このような言語化も起きてきました

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