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たて軸=超越(同一化から自由になる)
「これは私だ」という同一化がゆるむ
「私は誰か/何を私だと思っているか」が変わる
よこ軸=成熟(分断から統合へ向かう)
「これは感じられない・抱えられない」という分断がゆるむ
「私の中で起きるものが、どれくらい安全に統合されているか」が変わる
意識変容や癒しについて取り組んでいると、
こんなことが起こることがあります。
思考から自由になってきたはずなのに、なぜか同じところで引っかかる
トラウマなどの癒しにはずいぶん取り組んできた。
でも……どこか人生が動き出さない
静かにはなった。でも、この先どう生きていけばいいんだろう?
それはもしかすると、
ひとつの軸だけでは、
変化を捉えきれない
からかもしれません。
意識変容のための癒しのプロセスを探求する
SHAlicaでは、自由になっていくプロセスを、
たて軸:意識変容/超越
よこ軸:癒し/成熟
という二つの方向から眺めてみることにしました。

タテ:意識変容/超越の軸 とは?
「何を感じているか」というより、
思考・感情・自己物語などを、
どれくらい“私そのもの”として捉えているか?
私たちはふつう、
「私はこういう人間だ」
「私はこうしなければならない」
「こんなことを考える私はダメだ」
「私が人生をなんとかしなければならない」
というように、
思考や感情、役割、自己イメージを
「これが私だ」と感じながら生きています。
意識変容が進むと、この同一化が少しずつゆるんでいきます。
思考、感情、自己物語、役割などを「これが私だ」と完全に信じ込んでいた意識状態から、少しずつ距離が生まれていくことによって主体感や個の意識が薄れていきます。
悟り、非二元などでは、
そのような視点から得られる体験や感覚について語られています。
たとえば、
「こんなことを考えている。だから私はダメなんだ」から、
「いま、こんな思考が浮かんでいるんだなあ……」
「私はこういう人間だ」から、
「そういう自己イメージもあるけれど、それだけが私ではない」へ
起きてくる思考、感情、自己物語、役割など
それらを含みながらも、
それだけに巻き込まれなくなる。
強い主体感が少しずつ透明になっていくことで、
思考もある。
感情もある。
人格もある。
けれど、
それら全部を“私そのもの”として握りしめなくなる。
すると、その瞬間に起きていることに気づきながら、
「思考や感情に巻き込まれずにいられる余白」が増えていきます。
このマップでは、
「自分だと思っているものとの同一化がゆるみ、
視点や意識の自由度が広がっていく変化」
そんな「視点・意識の自由度」を たて軸:意識変容 と呼んでいます。
縦軸で見ているもの
- 思考との同一化、その距離
- 「私はこういう人間だ」という自己物語思考との距離
- 「私がしている」という主体感の強さ
- 感情との距離
- 「今ここ」へのアクセス
- 主体感、個の意識のゆるみ
- 思考以前の静けさ・存在感への気づき
などです。
つまり縦軸は、
「どれくらい立派な人になったか」でも、
「どれくらい感情が穏やかになったか」でも、
ありません。
“私”だと思っていたものから、
どれくらい自由になっているか。
その意識の変化を見ている軸です。
そして、悟りの深さ(タテ)だけでは
「人間としての成熟度は計れません。」
横:癒し/成熟の軸 とは?
一方、「癒す軸」が見ているのは、
身体・感情・神経系
人格・愛着・過去の体験などが、
どれくらい統合されているか
です。
人は、頭では「もう大丈夫」と思っていても、
身体だけが緊張したり、
特定の場面で急に怖くなったり、
人との関係の中で昔と同じ反応を繰り返したりすることがあります。
それでも身体が緊張する。
誰かに否定されると、突然ものすごく怖くなる。
ある場面になると、子どもの頃と同じ反応が起きる。
こうした反応は、
身体や神経系、感情、内なるパーツの中に、
まだ十分に消化されていない体験が残っている
と見ることができます。
「癒し」が進むとは?
それらの反応が一切なくなることではありません。
怖さが出ても、そこから戻ってこられる。
身体が緊張しても、それに気づき、支えを受け取れる。
感情が動いても、押し込めたり飲み込まれたりせずにいられる。
傷ついたパーツ人格が出てきても、排除せずに関わることができる。
そんなふうに、
身体・感情・神経系・人格の中で起きていることを、
「切り離さずに、抱えられる範囲が、広がっていくこと」
を、このマップでは「癒し」と呼んでいます。
横軸=「傷や反応をなくす軸」ではなく、
身体・感情・パーツ・過去の体験が
どれくらい安全に統合されているかを見る軸。
横軸 で見ているもの
- 身体・神経系
身体が安全を感じられるか? - 感情
感情を感じても圧倒されすぎないか?抑圧・切断せずにいられるか? - パーツ人格
内なるキャラクター、傷ついたパーツと関係を持てるか? - 愛着・対人関係
愛着や対人関係の中で安心を感じられるか?助けや支えを受け取れるか?自分の欲求や境界に気づけるか? - 未完了である過去の体験の癒し
つまり横軸は、
「どれくらい問題がなくなったか」でも、
「どれくらいいつも穏やかでいられるか」でもありません。
自分の中で起きるさまざまな反応を、
どれくらい安全に感じ、受け止め、統合し、
そこから戻ってこられるか。
その変化を見ている軸です。
「意識変容・超越」と「癒し・成熟」は 同じものではない
ここが、このマップでいちばん大切なところです。
意識が広がることと
傷ついた部分が癒されることは、
必ずしも同時には進みません。
たとえば瞑想や非二元的な体験によって、
「私は思考ではない」
「世界との境界が薄くなった」
「静けさがいつもある」
ということに気づくことがあります。
けれど、それによって
幼少期の愛着の傷や身体に残った防衛反応まで、
自動的にすべて消えるとは限りません。
長い時間をかけてセラピーに取り組み、
感情や身体感覚を感じられるようになり、
人を信頼できるようになり、
身体もかなり安全になっている。
それでも、
「私はこういう人間」
「私が人生をなんとかしなくては」
という自己物語との同一化は、まだ強いことがあります。
だから、
「超える」ことだけでもない。
「癒す」ことだけでもない。
この二つを別々の軸として見ることで、
「いま起きていること」がずっとわかりやすくなります。
二軸マップ――あなたはいま、どこにいる?

二つの軸を交差させると、大きく4つの領域が見えてきます。
① 左下:狭く固い状態
2軸ともに「まだこれからの状態」

超える軸も癒す軸も「まだこれからの状態」です。
思考や感情、身体反応に巻き込まれやすく、「私はこういう人間だ」という自己物語も強くなりやすい。パーツ同士が対立したり、安全感や支えを感じにくかったりすることもあります。
ここで大切なのは、無理に
「悟ろう」「手放そう」とすることではありません。
まずは、
安全・支え・気づきの土台をつくること。
身体を整え、安心できる人や場所とのつながりを増やし、「いま何が起きているのか」に少しずつ気づいていきます。自律神経系からの安定、癒しです。
② 右下:癒されてきたけれど、
「主体感・個の意識は、まだ強い。」

・ 身体や感情は比較的安定し、
人間関係も以前より楽になってきています。
・ 過去の体験もかなり整理されている。
でも、
「私がちゃんとしなければ」
「私が人生をコントロールしなければ」
「私はこういう人間だ」
という「主体感がまだ強い状態」です。
この領域では、さらに自己の問題を解決し続けることより、
「私」という主体そのものを少しゆるめてみる
ことが次のテーマになるかもしれません。
静けさ・存在・今ここ・縦軸の探求が始まります。
③ 左上:意識は広がったが「未統合な部分が目立つ」


瞑想、非二元、右脳回帰などによって、
思考との距離ができたり、
静けさを感じたり、
自己というものが以前ほど固くなくなった。
ところが、
身体反応や感情、愛着、パーツ、トラウマなどには、まだ強い反応が残っている。
この場合、
「こんなに意識は静かなのに、どうしてこんな反応が出るの?」
という違和感が起こりやすくなります。
けれど、それは後退とは限りません。
むしろ、意識が静かになったからこそ、
それまで見えなかった未完了のものが見えるようになった
そのような可能性があります。
灯台下暗しケース
「意識変容と癒しのコントラスト」が大きい
縦軸方向(意識変容)は進んでいるものの「横軸の癒しが十分でない部分のコントラスト」が大きいとき、おおむねマインドフルネスな状態で過ごせているようでいて、極端に大きな灯台下暗し(気づきという光が届いていない部分)が起きていたりする等、ある未消化なテーマに関してマインドフルネスでない(気づけていない)というコントラストの大きさが起きているが、そのことに無自覚な状態=灯台下暗し
超越が心理的な防衛として機能することがある
(悟りで起きるスピリチュアル・バイパッシング)

ヨコ軸を「見落とす」背景には、
身体・感情・愛着・関係性・傷つき・弱さ・依存・境界線
その領域は、自我にとってかなり生々しい。
だから、そこへ降りるよりも……
「すべては意識」
「自我は幻想」
「ワンネス」
「悟れば問題は消える」
「これは感覚が開いた結果」
のようにタテ方向へ意味づけるほうが、安全な場合がある。
つまり、
超越が「心理的な防衛」として機能することがあり、
覚醒は、この防衛を自動的には解除しない。
むしろ覚醒体験そのものを防衛が利用することすらある。
(これはまさにスピリチュアル・バイパッシングの核心です)
不快・傷・トラウマ等の未消化な記憶
↓
そこへ触れたくない
↓
スピリチュアル、悟り、高次の説明へ
↓
「悟りだから」
「エネルギーだから」
「意識が開いたから」
↓
生身の問題が見えなくなる
(心理的防衛反応)
悟りとは「それは私ではない」と知ること。
成熟とは、それでも「生身・あるもの」を回避・見捨てないこと。
そのため、
ここでは「さらに上へ超えよう」とする縦軸方向よりも……
身体・感情・パーツのところへ戻って、
安心できる体験を積み重ねていくこと
→ 横軸(いやし)のアプローチ
が大切になります。
④ 右上:広く、柔らかく、統合されている

これは「完成した人」という意味ではありません。
思考は浮かぶ。感情も動く。
身体が緊張することもある。
内なるキャラクターも存在している。
けれど、それらに完全に支配されず、
同時に、それらを排除する必要もなくなっている。
つまり、超えているけれど、切り離していない。
「私はこれではない」と超越するだけでもなく、
「これも私の中にある」と全部抱え込むだけでもない。
同一化せず、切り離さない。
身体も感情も人間性も含んだまま、自由度が高くなっている状態です。
ここからは、
「自分を治す」というテーマだけではなく、
創る・話す・働く・遊ぶ・愛する・世界と関わる
という方向へ、エネルギーが流れやすくなります。
これは十牛図でいう10図で表現されているものにも近いです。
十牛図と重ねると、さらに面白い

この二軸マップは、
禅の「十牛図」と重ねて眺めることもできます。
十牛図の前半では、
「牛を探す」
「牛を見つける」
「牛をつかまえる」
「牛を飼いならす」
というプロセスで「悟りの道筋」について描かれます。
これは、自分の心や世界の仕組みに気づき、
それとの関係を変えていくプロセスとして読むことができます。
そして後半になるにつれ、
「牛を忘れる」
「人も牛も忘れる」
「本源に還る」
そして最後には、
再び、人のいる世界へ戻っていく。
ここがとても重要です。
「超える」の最終地点は、
世界から離れることではありません。
むしろ、
世界(人間がいる里)へ戻ってくること。
静けさを知った人が、
身体を持ち、人と関わり、
働き、遊び、愛し、表現しながら生きていく。
SHAlicaでは、この「戻ってくるプロセス」も、とても大切にしたいと思っています。
二軸セルフチェックシートの使い方

※このセルフチェックは、自己理解や振り返りのための独自の整理・概念モデルです。心理検査や医学的診断を目的としたものではありません。強い苦痛、フラッシュバック、解離、日常生活への大きな支障などがある場合には、セルフワークだけで解決しようとせず、必要に応じて医療・心理の専門家のサポートを利用してください。
今回作成した「二軸セルフチェックリスト」では、
A:超える軸 20項目/80点満点
B:癒し軸 25項目/100点満点
について、それぞれ
「最低0点」〜「4点最高」の5段階で答えた合計点数です
(Aは0〜80点満点/Bは0〜100点満点)
「0:ほとんど当てはまらない」
「1:たまにある」
「2:半分くらい」
「3:かなり当てはまる」
「4:ほぼ自然にそうなっている」
の5段階で答えます。
大切なのは、
点数を高くすることではありません。
いま、自分がどこにいるのかを知ること。
それがわかれば、
「もっと瞑想しなければ」
「もっとトラウマを掘らなければ」
と闇雲に進む必要がなくなります。
点数そのものより「変化」を見る
このチェックは、一回やって終わりではなく、
半年〜1年くらいの間隔で、もう一度やってみる
のがおすすめです。
なぜなら、人の変化は直線的ではないからです。
ある時期には「超える軸」が大きく動き、
別の時期には「癒す軸」が進む。
さらにその後、
社会との関わりや創造・表現が始まる。
そんなふうに、
二つの軸を行き来しながら全体性が育っていきます。
注意点:
特に ヨコ軸(癒し/成熟)が十分でない場合、
正しく自己査定できないことがあります
上記のセルフチェックシートの「当てはまる、当てはまらない」が正しく判断できない場合があります。癒しは「気づきの力」でもあり、その気づきの力が弱いと過小評価や過大評価が起き、正確な現在地を見極められない場合があります。
正しく判断できないときには、どうする?
まず、「わからない」を答えとして認めます。
無理に0〜4のどこかへ当てはめなくてもかまいません。
「今の私にはまだわからない」
という回答そのものが、大切な現在地です。
そして、次のような方法で少しずつ確かめていきます。
- 具体的な出来事から判断する。 「私は人に頼れるか?」ではなく、「この1か月で困ったとき、人に助けを求めたことがあったか?」のように、実際の行動を見る。
- 身体を基準にする。 「安心しているつもり」ではなく、そのとき呼吸、胸、お腹、肩、顔、手足がどうなっているかを観察する。
- 時間を置いて何度かチェックする。 一度の点数ではなく、数週間〜数か月おきに確認し、変化を見る。
- 信頼できる人の視点を借りる。 自分をよく知る人や、必要に応じて専門家に「私がこう自己評価しているけれど、あなたから見るとどう?」と聞いてみる。
- 言葉より実際の反応を見る。 「私はもう大丈夫」と思っていても、特定の場面で強く固まる、避ける、攻撃的になる、シャットダウンするなら、その反応も現在地を知る大切な情報として扱う。
ここで重要なのは、
「高い点数を取ること」ではなく、
「自分について少しずつ正確に気づけるようになること」
場合によっては、癒しが進むにつれて
一時的に点数が下がることさえあります。
そして
悟りの深さ ≠ 人間としての成熟度
目指しているのは
「何も起きない人」ではない
このマップの右上に行けば、
もう傷つかない。怒らない。不安にならない。思考も出ない。
(そんな人になるわけではありません。)
たとえば、
縦軸は
「体験の内容」を変える軸ではなく、
「体験との関係」が変わる軸です。
むしろ目指しているのは、
いろいろなものが起きても、
そこから戻ってこられる身体と意識
思考が起きても、戻る。
感情が動いても、戻る。
パーツが反応しても、戻る。
身体が防衛しても、それに気づき、必要なら支えを受け取り、また戻ってくる。
そして、
人生へ戻る。
この循環そのものが、癒しなのだと思います。
「気づく → 受け入れる → 表現する」
SHAlicaでは、このプロセスを、
気づく(超える)
↓
受け入れる(癒す)
↓
表現する(世界へ)
という循環として考えています。
超越だけでもなく、癒しだけでもない。
自分の内側だけでもなく、世界への表現だけでもない。
思考・感情・身体・パーツが、それぞれ命の表現として協調しながら、
自分も世界も歓迎して生きていくこと。
それが、この二軸マップの先にあるものです。
これは「自分の現在地を知るための地図」です
このチェックリストは、あなたを評価するためのものではありません。
「私はまだここだ」ではなく、
「ああ、いま私はここにいるんだ」
と、自分の現在地を知るための地図です。
山登りと同じで、現在地がわかれば、次にどちらへ進めばいいのかが少し見えてきます。
そして、進むことだけが正解でもありません。
立ち止まる時期もある。
身体を休ませる時期もある。
これまで置いてきた感情を迎えに行く時期もある。
そして、十分に静かになったあと、
再び世界へ出て、創ったり、遊んだり、人と出会ったりする時期もある。
上へ「超える」こと と下へ「癒す」こと
その両方を行き来しながら、私たちは少しずつ、
広く、柔らかく、自由に世界を生きられるようになっていく。
この二軸マップが、そのための小さな現在地確認になればと思います。
※このセルフチェックは、自己理解や振り返りのための独自の整理・概念モデルです。心理検査や医学的診断を目的としたものではありません。強い苦痛、フラッシュバック、解離、日常生活への大きな支障などがある場合には、セルフワークだけで解決しようとせず、必要に応じて医療・心理の専門家のサポートを利用してください。






